43 在日米軍の責任までは認めなかった判決
加害米兵だけではなく、在日米軍と日本政府の責任をも問う原告側に対して、被告側の国は概ね次のように反論した。
この犯行は、米兵のウィリアム・リースが職務と無関係に、個人的理由からおこなったもので、通常は在日米海軍上司らの監督権限の対象とはならない。仮に対象となり得るとしても、監督権限の行使は在日米海軍上司らの裁量にゆだねられており、原則として作為義務は生じず、その不行使が違法とはならない。
在日米軍人は勤務時間外に自発的に、職務と関係のない自由を享受することについて、基本的に在日米軍当局から拘束を受けるいわれない。それゆえ在日米軍当局に、勤務時間外の米軍人が他人に危害を加えないよう、指揮監督して事件・事故の発生を防止すべき法的義務はない。
在日米軍当局は米軍人に対して、基地外への外出制限、飲酒制限、日本に新たに赴任した際の教育、飲食街でのパトロールなど、米国とは異なる環境に適応させる措置や犯罪予防の措置を講じている。しかし、これらの措置は、米軍人が勤務時間外に違法行為をしないようにするための行政的・政治的配慮にすぎない。
だから、これらの措置を講じているからといって、在日米軍当局が米軍人の勤務時間外の活動全般について指揮監督する法的権限を有しているとはいえない。従って、在日米軍当局は個別の日本国民に対して、米軍人を指揮監督する法的義務を負ってはいない。
つまり、国の主張は、犯罪の責任はあくまでも米兵個人にあり、在日米軍当局にはなく、勤務時間外の米軍人の行動にまで在日米軍上司らの監督権限・義務は及ばないというものだ。
こうした原告側と被告側の異なる主張について、裁判所は判決で概ね次のように判断を下している。
日米安保条約や日米地位協定に鑑みて、在日米軍はその駐留によって日本国民の生命・身体などに危害が及ぶような事態を防止すべきなのだから、在日米海軍司令官は部隊の任務遂行にあたり、その点をも考慮して、米海軍人に対する監督権限を行使すべきである。
それゆえ、米海軍人が日本国民に危害を加えた場合、勤務時間外で職務執行とは無関係の行為であっても、それが監督権限の不行使に基づくものと認められ、個々の具体的事件で、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、安保民事特別法第1条の適用上違法となり得る。
しかし一方で、司令官の権限について定めた米海軍規則の関係条文は非常に抽象的であり、権限の行使に当たっては様々な事情や要請などを総合的に考慮しなければならないから、その監督権限の行使は司令官の広範な裁量にゆだねられている。
この事件が起きた当時、在日米海軍司令官や第7艦隊司令官などは米海軍人に対し、勤務時間中の行為に対する指揮監督のみならず、勤務時間外の自由時間における外出規制や生活面の指導・教育などの監督措置を講じていた。
このような監督措置の内容は著しく合理性を欠くものだったとまではいえない。勤務時間外の自由時間における事故などは、第一次的にはそれぞれの米海軍人が自ら防止に努めるべきものであることや、司令官の監督権限の広範な裁量性からしても、著しく不合理な監督権限の不行使があったとは認められない。
従って、この犯行が起きたことは非常に遺憾ではあるものの、ウィリアム・リースの上司らに著しく不合理な監督権限の不行使があったとまでは認められない。リースの犯行は職務行為とは直接関係なく、勤務時間外におこなわれたものである。
当裁判所は、本件のような不幸な出来事が繰り返されないよう、在日米軍当局がこれまで米軍人による事件などの防止に向けて積み上げてきた経験を参考に、適切にその監督権限を行使し、状況に応じた有効な監督措置を講じていくことが必要だ、と考える。
このように判決は、加害米兵個人の不法責任を認め、さらに勤務時間外の米軍人の行動にも在日米軍当局の監督権限が及ぶことを認めた。しかし、この事件については、著しく不合理な監督権限の不行使があったとまではいえないとして、在日米軍という組織の責任と、米軍を駐留させている日本政府の責任までは認めなかったのである。
つづく(文中敬称略)
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