文氏との出会いと亡命計画
おそらく、世界で一番有名な北朝鮮難民となったこのチャン・キルスとその一家は、1997年から数人単位で北朝鮮咸鏡北道から中国に脱出した。飢えと北朝鮮の体制への絶望がその理由である。
中国に渡った後に生まれ落ちた女児を含め総勢は十五人。文国韓という韓国人ビジネスマンが、「キルス家族救命運動本部」というNGOを立ち上げてこれまで保護してきた。
キルス一家にはキルスと彼の兄、従兄弟ら6人の未成年の子どもが含まれており、文氏は子どもたちに北朝鮮での悲惨な実体験をそのまま絵に描くよう勧めた。描かれた100枚余りの絵は、昨年春に「涙で描いた虹」というタイトルで韓国で出版された。この本の日本語版の翻訳出版の打診が私にあった。このことが、私がキルス一家の北京UNHCR籠城に同行するきっかけとなった。
文氏は15人のために黒龍江、吉林、遼寧省にシェルターを作り保護してきた。だが、中国政府の難民狩りは熾烈で、今年3月、家族のうち赤ん坊を含む五人が逮捕され北朝鮮に送還されてしまった。そして、北朝鮮での厳しい尋問に耐えられず、あろうことか、韓国のNGOに保護され、韓国で絵本を出版したことまで自白してしまったのである。送還された5人のうち2人は、去る5月に北朝鮮当局から反国家活動罪(外国人と接触し、出版行為等を通じて北朝鮮の実情を暴露)で政治犯収容所に移送されてしまったという。
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