自決用ネコイラズを携えて
北京入りしてから文氏らNGOのメンバーはあわただしく動き始めた。
まずメディア対策である。同行するジャーナリストは秘密保持のために私一人に限られた。だが、事件をニュース化するためには大手メディア、特に欧米メディアがどれだけ関心を持って、速報してくれるかが鍵だ。
うまくUNHCRに入り籠城を始めることができても、中国公安が察知して強制排除されれば一巻の終りなので、中国公安に嗅ぎつけられるより先に、メディアに乗って騒ぎにならなければ成算はない。つまり、中国政府が容易に手出しできないような状況を、いかに早く作ってしまうかがポイントだったのだ。そのために日本と韓国の支援グループと国際電話で緻密な打ち合わせをし、北京に駐在する欧米と日韓のメディアへの連絡体勢を作り上げなければならなかった。
次にUNHCR周辺の下見である。この計画の実行に当たって、最難関だと考えていたのが、どうやって門衛を突破してビルの中に入るかだった。文氏らは2日前から事前の下見を始めた。まず建物の周囲を回って敷地と出入りの門の警備状況を調べる。次に実際にビルに入り、門衛がどの程度身分証をチェックをするのかを調べる。予想通りパスポートのチェックはうるさい。NGOのメンバーたちは、UNHCRの職員と面会もした。UNHCRはビル2階に事務所を構えているが、この入り口にもガードマンがいる。本番でこのガードマンに制止されないように顔を覚えてもらう必要があったのだ。
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そして、キルス一家が籠城するのに必要な物品の購入である。うまく籠城できたとしても決着がつくまでどれぐらいの時間がかかるかわからない。また、メディアに訴える道具も必要だ。チュノクばあさんを中心にして一家は購入リストを作った。
ロープ、大量のビニール袋、画用紙とマジック、そしてネコイラズ! ロープは中国公安によって排除されるような場合、互いの身体をくくりつけてあくまで抵抗しようというもの。ビニール袋は、トイレに行かずとも済むように。画用紙とマジックは自らの主張をプラカードにするため。そして、ネコイラズは自決用である。
「国連の建物から出るときは、自由の国に行けるときか、さもなくば死体で」(キルスの決行直前のコメント)
15歳から67歳の一家全員は、死まで覚悟していたのである。
(つづく「駆け込み・籠城の日」)>>>
(記:石丸次郎 - 2001)