中国政府の驚くほどの「あきらめの早さ」は、2008年五輪開催地決定を直前に控えており(7月18日)、早く厄介払いするのが得策だと判断したからだろう。北朝鮮政府は、外務省報道官の「キルス一家は平凡な脱北者に過ぎず難民ではない。今回の事態は韓国政府内の一部不純分子が引き起こしたもの」という、苦々しさに満ちたコメントを発表した。
私が、キルス一家が電撃的に中国を出国しシンガポールに向かったという報せを聞いたのは、ムン氏はじめNGO関係者と韓国に出国してからだった。ほぼ同じタイミングで、さらにもうひとついい報せが飛び込んできた。
UNHCR籠城の数日前にモンゴル国境を目指して別行動を取ったキルスの兄ハンギルら3人も、無事にモンゴルからソウル入りしたという報せだった。
私はムン氏と固い握手を交わした。安堵の握手だった。確かに北朝鮮難民10人の命が救われたことはうれしかった。
だが、キルス一家の一連の行動が成功裏に進展したことが確認できると、すぐに私の憂慮と関心は中国―北朝鮮国境に向いていった。韓国入りできたのだから、キルス一家のことを心配する必要はなくなったわけで、5万人とも30万人とも言われる「中国に残された難民たち」の境遇に、この籠城―亡命事件がどのような影響をもたらすかが気になったのである。
キルス一家の籠城―亡命劇は、メディアを通じてきた北朝鮮難民問題を国際化した点で画期的な事件になったのは間違いない。国境なき医師団やアムネスティ・インターナショナルのような国際的NGOは、この事件を機に中国政府に北朝鮮難民問題の解決を申し入れた。
一方で、中国当局による難民狩りがいっそう激しくなったという情報も頻繁に入ってきている。
北朝鮮難民問題の解決までには、まだ長い時間がかかりそうである。
(了)
(記:石丸次郎 - 2001)
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