解説 金正日政権のデノミの真の狙いは何か 2 石丸次郎
官製メディアの公式見解[承前]
記事を整理してみよう。「貨幣交換」実施の目的を端的に言うと、1.インフレ退治すること、2.市場の役割を減じ、統制計画経済の復活を目指す(記事中では『社会主義経済管理の原則と秩序をさらに強化していく』と表現されている)こと、である。少し説明を加える。
北朝鮮は建前上は、計画経済体制と消費物資の国定価格による配給制度を放棄していない。しかし実態は、農業の不振は久しく、工業生産も、九〇年代半ばから、軍需品などの一部工場を除いて、まともに稼動していない。食糧をはじめとする消費物資の配給システムはずっと麻痺したままである。一方で、自然発生的に急拡大した市場経済が中国とリンクしつつ、実体経済を牛耳るほどに成長した。
朝鮮新報の記事中にある〇二年七月一日、金正日政権は新しい経済政策を導入した(七・一経済管理改善措置)(注1)。この時、非合法だった市場を無理やり閉鎖し、給料と消費物資の国定価格を新たに決定したが、国家には物資供給能力がなく、超インフレを招いてしまった。この一〇年間だけを見ても、消費者物価は二〇~二五倍も上昇した。今回の「貨幣交換」措置のひとつの要は、この〇二年七月に定めたもろもろの国定価格の水準に、物価を設定しなおそうということであった。ちなみに〇二年七月は白米一キロは四四ウォンに設定されていた。
市場の役割を減じるという点については、少し前からその動きが活発化していた。〇九年一月より市場を大々的に再編するというお触れが、前年秋に出されたのだ。本誌三号にも掲載したのだが、内部記者のシム・ウィチョンが〇八年一〇月に撮影してきた市場再編の「お知らせ」を見てみよう。
[以下、引用]
お知らせ
▲国家的措置により、主体(チュチェ)九八(二〇〇九)年一月より、市場で販売可能な商品は以下のものとする。
個人が生産した青果類、基礎食品、農水産物
個人が飼育した家畜や肉類(牛肉は除く)
個人で養殖・漁獲した魚類、貝類、海草
個人が生産した日用雑貨、繊維製品、建材雑貨類のみ販売可能とする。
これに伴い、主体九七(二〇〇八)年一〇月二〇日より、市場販売員は輸入商品ならびに国営・合弁合作会社で生産した商品は、市・郡内の収買(買取り)商店へ委託して販売するものとする。
▲主体九八(二〇〇九)年一月より固定した販売陳列台および固定販売場所での販売は一切廃止し、入場順に市場で販売することとする。
▲市場の建物および販売陳列台・紙票の整理事業を一〇月三〇日より始めるにあたり、各自が公民の自覚を持ち、国家の法と秩序を遵守すること。
(黄海南)道人民委員会商業管理局(市商業部)
[以上、引用]
明らかに市場における個人の商行為を萎縮させようとするものである。「貨幣交換」実施には、実はこのような前触れがあったのだ。地域によっては、毎日開かれていた市場が一〇日に一度になるなど運営自体が縮小されたり、扱える商品の種類と量が制限されたりしている。
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