現在でも、警察は体制維持にとって優先順位が高いため、食糧配給に滞りはないようである。それでも、やはり現金収入たるや情けない水準だ。それで多くの警察官は市場で商行為をする庶民にワイロをたかったり、取締りに出て商品を没収することに血眼になっているという。そうしないと暮らしていけないのだ。つまり市場に寄生しているわけで、その意味で警察官も立派な「市場勢力」である。

言い換えると、今の北朝鮮には、特権層であれ庶民であれ、現金を得られるところは、基本的に市場以外ないのである。例外は日本や中国などの海外に住む親族から外貨で仕送りがある場合、あるいはそれにたかる場合ぐらいだ。

労働党高級幹部や軍の高位級幹部のケースを見てみよう。確かに、平壌市内に広いアパートをあてがわれ、運転手つきのベンツが配車される人もいるだろう。コメ、味噌、しょうゆ、酒、肉から果物まで、食糧品は特別待遇の配給があり、基本的に衣食住には不自由はないはずだ。高級家具類なども、将軍様からの配慮の贈り物としてもらえるだろう。

しかし、高級幹部が贅沢な暮らしを続けるためには、やはり現金が必要である。高級幹部といえども規定の給料はたかが知れている。労働党、軍隊、警察、保衛部(情報機関)などの力の強い権力機関は、各組織が傘下に様々な金儲けのための会社を作っている。中国や日本相手の貿易会社が代表的だが、都市間を走る長距離バスを運行する運輸会社、魚介類を扱う水産会社などもそうである。

高級幹部は自身の家族親戚をこのような機関傘下の会社の幹部の座に置き、法外な現金収入を得ている。このような高級幹部は「市場勢力」ではないのか?
「新興富裕層」はどうだろう。

確かにこの約一五年の間に増殖した市場の中で、現金をうまく稼いだ人たちがいる。だが、そのほとんどはやはり権力者とその周辺にいる者たちで、いわば特権層である。もちろん、権力とは何の縁故もなくビジネスの才覚があってのし上がった人も中にはいるだろうが、それは少数だと見るべきだろう。

この一五年、新興成金は続々出現しているのだが、それはやはり権力と近しい部類の人たちだと考えるべきである。そうであるとすれば今回の「貨幣交換」措置が、それらを狙い撃ちにしたとは考えにくい。むしろ、権力に近い者たちは、事前に情報を得て手持ちの朝鮮ウォンを外貨や金や物資に換えていたはずだ。前記事のインタビューの中でもそのような証言が出てくる。

こうしてみると、「新興富裕層」「市場勢力」という言葉は定義も範囲も曖昧だ。それを、北朝鮮当局が政策的に叩くターゲットにしていたというのは的外れである。下級幹部で小金を貯めていた者、商売を上手にやってこつこつ小金を貯めていたような人たちで、適宜情報を入手できるほど権力に近くない人たちが、手持ちのウォンをごっそり無効にされた最大の被害者かもしれない。この人たちは北朝鮮の中ではましな暮らしをしているが、とても「富裕層」と呼べる水準ではない。
(つづく)

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