解説 金正日政権のデノミの真の狙いは何か 5  石丸次郎

羅先市の羅津(ラジン)港は不凍港で波も穏やか。日本海に出口を持たない中国東北部にとって絶好の交易拠点になる可能性がある。(1997年8月 石丸次郎撮影)
羅先市の羅津(ラジン)港は不凍港で波も穏やか。日本海に出口を持たない中国東北部にとって絶好の交易拠点になる可能性がある。(1997年8月 石丸次郎撮影)

 

新利権獲得のための市場経済再編への布石か?
さて、ここからは推論である。過去一〇年を振り返ってみると、拡大する市場経済に対し、金正日政権は統制と再編を繰り返してきたことがわかる。やみくもに市場叩きだけをやってきたわけではない。

〇二年七月の「経済管理改善措置」によって、成長した闇市場を強制閉鎖したとか思えば、翌年三月には総合市場として合法化した。これが全国に急拡大すると、今度は「非社会主義現象」の温床になると縮小を指示した。

一方で総合市場の制度化は着々と進め、かつては雑多で原始的な屋外マーケットに過ぎなかったものが、建物も立派になり売り場も品目ごとに整理された。清津(チョンジン)市や平城(ピョンソン)市などの総合市場は、中国の地方都市の市場と見紛うほどに立派になった。

一方で、この総合市場を中核とした市場経済が、国家から自立して発展していくことに対しては、権力はたびたび干渉してきた。

確認しておかなければならないのは、かつての計画経済体制の中には利権の源泉が枯渇してしまったため、権力者たちは市場の中から新たな利権を見つけなければならないということである。権力がこの一〇年間やってきたのは、市場の中に入って積極的に利益を求めることと、その市場が活性化し過ぎると抑えにかかることの繰り返しである。

決して単純な市場弾圧をやってきたのではないのだ。本誌創刊号の特集「またも始まった市場の『抑制』」でリュウ・ギョンウォンが書いているが、タダで入ってくる国際支援食糧を、権力機関は市場に横流しして莫大な利益を得たが、それも市場が存在してこそ可能なことなのである。

一方で、市場経済の拡大が、唯一の指導者と社会主義国家に対する忠誠心と関心を希薄化させ、独裁体制維持にとって脅威になっていることを金正日政権は充分知っており警戒を強めている。

つまり、今回のデノミ措置は、警戒対象として市場経済を抑制する作業であると同時に、近い将来に、権力者が新たに利権を得るための再編作業の一環なのではないか、というのが筆者の見立てである。

情報が少なく判断は難しいのであるが、その兆候とも見える動きがある。デノミ実施直後の一二月に朝中露国境に位置する羅先(ラソン)市を金正日が訪れて「特別市」に指定し、対外貿易と国際運輸の拠点にするよう指示している(注1)。

また、中国との貿易に従事する会社――その大部分は軍や党などの機関傘下の会社で、所属機関の利権のために動く――に対する大規模な整理がこの二年ほどの間に進められてきた。これらのことから、部分的限定的な対外開放措置を柱とした、市場経済の再編が進められるのではないかと筆者は予測している。今年春以降、デノミ措置を引き継ぐ何らかの後続措置があるものと注目している。

この度のデノミと金正日の健康問題、および後継者問題との関連も検討すべき重要な課題であるが、次の機会にじっくり考えてみたい。いずれにせよ、デノミは、誰が見ても失敗が約束された無理なものだった。

しかし強行せざるを得なかった。その原因は、北朝鮮の経済的、政治的、対外的な行き詰まりのせいである。金融危機による経済不況が世界を覆いつくしている現在、北朝鮮が経済再生を図るために本当に必要なことは、国際社会と関係改善をして孤立から抜け出すことである。そのためには、何をおいても核放棄の方向に進むことが必須である。

それにしても、不幸なのは北朝鮮の民衆だ。北朝鮮内部の追加取材を続けているが、二〇一〇年に入って以降、北朝鮮各地で餓死者が発生しているのは間違いないと思われる。北朝鮮内部の取材パートナーたちの報告を総合すると、現在、食糧配給がまともに出ているのは、党、行政、軍の幹部、警察官、保衛部員(情報機関員)などくらいで、軍需産業、炭鉱や重要鉱山、鉄道などでも配給は家族分はなく、本人分が規定量の一〇縲恁ワ〇%程度出ているぐらいだ。

特別扱いの平壌でも、経済状態が悪化した昨年春以降の配給は規定量の一〇縲恷O〇%だろう。勤労者の大多数を占める教師や一般工場労働者には、現在、配給も給料もほとんど出ていない。
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