「6.18突撃隊」が両江道の三水(サムス)発電所建設現場で働く様子が、2004年9月に朝鮮中央テレビで放映された。写真はそれをキャプチャーしたもの。危険な工事現場であるにもかかわらず、軽装でヘルメットを被っていない人も多い。番組では、重機も全く不足しているため人海戦術で成果を上げていることを自賛していた。
「6.18突撃隊」が両江道の三水(サムス)発電所建設現場で働く様子が、2004年9月に朝鮮中央テレビで放映された。写真はそれをキャプチャーしたもの。危険な工事現場であるにもかかわらず、軽装でヘルメットを被っていない人も多い。番組では、重機も全く不足しているため人海戦術で成果を上げていることを自賛していた。

 

Q:そもそも、突撃隊に動員されることで何か良いことはあるんですか?
A:六・一八突撃隊の場合は三年間務め上げれば(朝鮮労働党の)党員にしてくれるんです。また、家族の元に年間二五〇キログラムの食糧を配給してくれることになっていました。それと、工事が完成する度に贈り物が貰えます。

Q:突撃隊に行けば誰でも党員になれるんですか?
A:そうです。現場で三年間働いた後、入党を推薦して貰えます。入党後にもう二年働けば、実家のある地域に帰れると言っていました。

Q:贈り物はどんな物を貰えるのですか?
A:私が聞いた話では、昨年の七月に工事を終えたところでは、三年勤めた人は扇風機などを貰ったそうです。

Q:話は戻りますけど、いつから動員されていたのですか?
A:一二月一日からです。その日に合わせて各地に散らばって貯水池工事や道路工事をしていた「六・一八突撃隊」は高山郡に集結しました。

Q:一二月一日ですか? 貨幣交換を行うという布告が出た次の日ですね。貨幣交換の知らせは突撃隊で聞いたのですか?
A:高山郡に移動する前に咸鏡南道の実家で聞きました。突撃隊では大変な騒ぎでしたよ。なんと、突撃隊では新しい紙幣に交換してくれなかったんですよ。食事や生活が劣悪なので、皆現金を持ってきて、油や味噌などを自分たちで買ってなんとかやり過ごさなければならないのですが、それができなくなりましたから。

Q:それはひどいですね。それでどうしたのですか?
A:どうもこうもありません。そうするうちに一二月二八日になったら給料をくれたんですよ(通常は無給である)。新紙幣で五〇〇〇ウォンから六〇〇〇ウォンくらいでしたね。それまでは誰も一銭も持っていませんでした。

Q:意外と悪くない金額ですね?
A:そう思ったんですけど、手袋なんかも自分たちで買わなければならないし、市場に買い物にいっても、突撃隊が来ていることを知っている人たちは、普通より高い値段で物を売りつけるんですよ。たとえば酒一本買うのに一〇〇ウォンで済むところを、突撃隊員には二〇〇ウォンといった具合にです。それに知ってのとおり、貨幣交換した後に物価が上がったでしょう? だから実際には金はすぐになくなってしまいました。

Q:突撃隊をやめた理由は?
A:一月の末に体調が悪いと言って現場を離れました。実際、体がどんどん弱っていくので、これ以上は危ないと思って。家に戻ると言ったら、案外簡単に帰してもらえました。
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