イラク北部、ニナワ県のモスルに展開するイラク陸軍第2師団は、市東部地域を管轄する。
司令本部は、3メートルほどの分厚いコンクリートの防護壁で囲まれていた。
監視塔からは常時、狙撃兵が照準を覗き込みながら周囲を警戒している。
何十台も並んだ装甲車と軍用トラックのわきを抜けて、師団本部の建物に入る。
ロケット砲攻撃に備え、窓にはすべて土のうが積まれている。まるで野戦の最前線基地のようだ。
師団を指揮するのは、ナスル・アフメット・カナン少将(38)。38歳で少将というのは、軍隊では異例の昇進である。
カナン少将はバグダッド近郊のアブグレイブ地域での治安回復作戦で辣腕をふるい、モスルの師団長に抜擢されたのだという。
いまのイラク軍において「成果をあげる」ということは、つまり武装勢力を徹底的に叩き潰してきたということも意味している。
私は女性ということもあり遠慮がちに彼と握手をしたのだが、それでも彼の手は、私の小さな手を握りつぶすほど大きく、ごつごつとしていた。
「ようこそ。こんなところまで女性記者が来るなんて。すごい日本人もいるものですね」
カナン少将は軽く笑みを浮かべた。
数年前まではイラク軍司令部を訪れると、米軍と合同作戦をしていることもあり、なかにはアメリカの国旗をみかけることもあったりしたのだが、いまはイラク国旗しか見ることはない。
軍事作戦の権限は基本的にイラク軍の手にゆだねられ、米軍は後方支援やアドバイス任務へと役割を変えていた。
「ようやく米軍なしで、イラク人自身で治安を守っていける道筋ができてきました」
カナン少将は、自信ありげに壁に貼られたモスルの地図を指差しながら言った。
(つづく)
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