今月の3日、アジアプレス・ネットワーク(APN)編集部を介して日本在住のカシミール人の方から「カシミールで毎日死者が出ている状況を伝えて欲しい」という連絡を頂いた。

私は日本では現地の英字紙を数紙、毎朝チェックしており、7月に入って治安部隊の発砲で多くの死者が出ていることは把握していた。
特にSNSであるフェイスブックの掲示板ではカシミールの人びとが、激しいデモが行われていることや発砲事件のことをリアルタイムで悲鳴のように次々と書き込んでおり、何とかしなくてはと感じていた。
そこで、今回は日本からではあるが、カシミールで現在起きている事態について伝えたい。(廣瀬和司)
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■ 騒動にいたるまで 
第55回アカデミー賞作品、映画「ガンディー」でこんなシーンがある。
インド北部のアムリッツアルでイギリスが発令した治安法であるローラット法に反対した人びとに、イギリスのダイアー将軍が「土民に思い知らせるため」と発砲を命じた。逃げ場を失った人びとは次々と銃弾に倒れ、死者379人、負傷者1200人余りを出す大惨事となった。この事件は"ジャリアンワーラの虐殺"と呼ばれる史実であるが、映画で再現された。
そして今、インド支配地域カシミール(以下カシミール)ではまた現実となって、人びとに銃弾の雨が降っている。

以前は、集会は活動家の独壇場だったが、いまは、一般市民が主役である。 08年 廣瀬和司 撮影

地元人権団体である、カシミールにおける人権と正義について民衆法廷(IPTK)が国連に申し立てた文書によると、市民のデモに対する警察や治安部隊の発砲で、2010年7月11日から8月12日までの1ヶ月間だけで52人の死者と1千人以上の負傷者が出ているという。

私はAPNで08年に人びとの投石による抗議行動について「揺れるカシミール 廣瀬和司の緊急現場報告」で伝えたが、まず、その後の現地の動きを補足したい。
08年11月から12月の間に州議会選挙があった。あれほどの反政府行動があったにもかかわらず、投票率は伸びた。その理由は、人びとによると「分離独立の問題と(いま解決できる可能性のある)経済開発の問題は別だ」ということらしい。

また、この選挙では、長年、州政府の政権与党だった民族会議(NC)が帰り咲き、祖父の代から州主席大臣を務めていたオマル・アブドッラー(40歳)が、新しい州主席大臣となった。人びとは、僅かながら、この若い州主席大臣に変革を期待した。
インドからの分離運動やそれに伴うデモ等はいったん落ち着くように見えたが、09年5月、新たな事件が発生する。

南カシミールのシャピアン近郊の川原で22歳と17歳の義理の姉妹の絞殺体が発見されたのだ。発見された場所は別々であったが、それぞれ治安部隊と警察のキャンプの間近だった。発見直後の検死では2人は強姦された後に絞殺された、と報告された。人びとは治安部隊の関与を疑い、抗議行動が再びカシミールを覆った。

その後、調査はインド政府の中央調査局に委ねられたが、2人の死因は溺死とされた。
この調査結果に人びとは納得するはずもなく、イスラム教の安息日である金曜日の礼拝後に抗議行動を行うことが常態化した。特に10代、20代の若者たちによる、治安部隊への投石行為がさらに増えた。若者たちは生まれた時から弾圧ばかりを見て育ち、成長してその不当さを理解して、治安部隊と対峙し衝突を繰り返しているのである。

今年の3月19日号の朝日新聞でも報道されているが、こうした混乱のなか、たまたま投石現場の近くを通りかかった者が、参加者と間違われて治安部隊に殺される事件が相次いだ。17歳の少年が職務質問で口論となり、背後から撃たれる死亡する事件も起きた。
今年に入って、このような治安部隊の発砲で6月までに10人の犠牲者を出していた。
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