1 寺洞(サドン)区域[1]
2008年12月取材
取材:リ・ソンヒ/解説:石丸次郎/整理:リ・ジンス
平壌(ピョンヤン)――そこは、指導者金正日総書記が住む朝鮮民主主義人民共和国の「革命の首都」であり、首領故金日成主席の生家のある「聖地」である。それゆえ、平壌は常にソウルよりも美しく発展した都市でなければならなかったし、そのように見えなければならなかった。
塵一つ無い広々とした通りと広場、整然とした高層アパート群、そしていつも笑顔で幸福そうに街を歩く清楚な身なりの人民たち......。
これまで外国メディアや観光客が訪れて目撃、撮影した平壌の姿も、こういった北朝鮮当局が伝えるものと大差なかった。外部の者には、平壌の中を自由に動き回るチャンスは微塵もなく、原則として金正日がお通りになる「一号道路」の内側の姿だけしか見ることが出来なかったからだ。
本誌記者のリ・ソンヒは、2008年の12月と2009年の1月、「一号道路」の外側に広がる平壌の日常を撮影することに成功した。外部世界の者がこれまで見ることのできなかった「意図的に隠されてきた」空間をお伝えする。
■寺洞市場付近[I]
寺洞区域は平壌市の中心を流れる大同江(デドンガン)の南東側に位置する。区域には取り立てて高い建物もなく、四~五階建てのアパートがぽつぽつと建つ程度だ。道路も未舗装が多くインフラも整っておらず、平壌の中では遅れた地域の一つに数えられている。
二〇〇七年まで隣の船橋(ソンギョ)区域で生活していた脱北者によると「平壌の人間であっても、寺洞区域に住んでいるというと『村から来た』と言われる」のだという。平壌では郊外・外れのイメージが強い、労働者の居住地区である。 区域内には大同江麦酒工場、四・二五体育団などがある。この体育団は、朝鮮人民軍創建記念日にちなんで名づけられた、北朝鮮の名門体育クラブだ。
リ・ソンヒは二〇〇八年一二月の夕暮れ時に、松新(ソンシン)駅の前を通って寺洞市場の方面へとカメラを回しながらゆっくりと移動していていった。市場に近づくにつれ人出はどんどん多くなっていった。
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