ラングーン(ヤンゴン)市内の北部、住宅が密集したある家を訪れた。そこには一人の老画家が絵を描き続けている。
狭い部屋一面にキャンバスがならび、床には絵の具が散らばっている。
老画家はおもに人物画を描きながら、細々と生活をつないでいる。
ときどき、アウンサンスーチー氏の肖像画をかいてほしい、という注文が舞い込むこともある。 彼は、喜んで引き受ける。
「だって、皆、ドー・スーチー(スーチー女史)を好きだろう。それに彼女の絵は売れるからね」。
老画家はあっけらかんとそう言う。
彼にとってスーチー氏とは、絵を描く対象でしか過ぎない。いや、彼はあえてそうしたそぶりをするようにしているのだろう。
いかに政治に触れないように生活するのか。当局から弾圧を受けないようにするのか。この国の人びとが身につけた処世術でもある。
彼が知人にもらったという写真がある。3年前、ビルマを訪れた国連のガンバリ事務局次長とスーチー氏が一緒に写っている写真だ。
「この写真だけはいつも手放さない」
そう言って大切そうにとりだした写真は、老人のしわがれた手の上ですこし震えていた。
この老画家が描いたスーチー氏の絵は、隣国タイに事務所を構える民主化活動家らが好んで飾っていたりする。
<ラングーン(ヤンゴン)=宇田有三>