街中の選挙ポスターは、ほとんど軍政の傀儡政党のUSDPのものばかりだ。2010年10月 ラングーン市内 撮影 宇田有三
|
東南アジア最後の軍事独裁国家ビルマ(ミャンマー)で11月7日、20年ぶりとなる総選挙が行われようとしている。
軍事政権(国家平和発展評議会)は、民主化への一歩を踏み出そうと喧伝しているが、それはまさに軍政主導の「民主化」であって、必ずしもビルマ国民が望んでいる民主化への道ではない。
民主化のシンボルでもあるアウンサンスーチー氏は自宅軟禁状態に置かれたまま。また、獄中にある政治囚は2100人を超えている(軍政は自国には「政治犯」はいないと主張し続けている)。
軍政は、今回の名ばかりの総選挙で軍事独裁体制を固定化させようともくろんでいる。
この度の選挙は、国連や西欧諸国ばかりでなく、自らがメンバーでもある東南アジア諸国連合(ASEAN)内からもその正当性に疑問を投げかけられている。
いったいビルマ国内は、総選挙に向けてどのような様相を呈しているのだろうか。18年間、継続的にビルマ取材を続けているフォトジャーナリストの宇田有三(うだ・ゆうぞう)が、選挙を1週間後に迎えたビルマ現地から報告する。
11月7日に予定されている20年ぶりの総選挙は、2008年5月に軍政主導によって、強行ともいえる手法で信任投票された新憲法に基づいて行われる(新憲法は92.48%という、自由な投票では信じられない数字で採択された)。
今回の選挙は、日本でいえば国会議員の衆議院に当たる<「下院」>と、参議院ともいえる「上院(民族院)」、さらにビルマ全土の14の行政地域の地方議会でも行われる。
定数は、下院が440人、上院が224人だが、予め軍人枠に25%が割り当てられているため、実際に選挙で選ばれるのは、下院で330人、上院で168人である。しかも、軍政の幹部たちが、選挙が始まる前に退役して軍服を脱ぎ、民間人として選挙に立候補している。現役の軍人ばかりでなく退役したばかりの元高級将校の当選も確実視されているため、軍人が占める割合は確実に大きくなる。
ビルマといえば、日本の多くの人は民主化のシンボルであるアウンサンスーチーさんのことを思い浮かべるかも知れない。だが、この国の権力を独占している独裁者タンシュエ国家平和発展評議会議長(上級大将)の存在を知っている人は少ない。
このタンシュエ議長の肝いりで1993年、連邦団結発展協会という軍政の翼賛民間団体が設立され、今回の総選挙にあたって、この団体が連邦団結発展党(USDP)という政党となった。今回の選挙には1100人をこえる最大の候補者を擁立している。
「ビルマは軍事政権」ということを知っている人は多い。だが、1988年の民主化デモや1990年の総選挙(アウンサンスーチー氏の率いる国民民主連盟=NLD党が8割を超える議席を獲得するが軍政は政権委譲を拒否)の印象が強いため、ビルマの軍事政権はおよそ「20年」と勘違いしている人も多い。だが、この国は1962年に軍部がクーデターを起こして以来、事実上50年近くも軍部が強権体制を敷いているのである。
1962年のクーデターを率いたのが、ネウィン将軍(2002年死去)であった。彼は、「ビルマ式社会主義」という個人的な野望を抱いて国を支配しようとしたが、結局はうまくいかず、1988年の反ネウィン将軍デモが民主化デモに繋がることになったのだ。
ちなみに、今から20年前の1990年、ネウィンは国民統一党(NUP)を立てて総選挙に臨んだが、10議席しか獲得できなかった。今回の選挙で複雑なのは、20年前に大敗したこのNUP党が、新たに1000人規模の候補者を立てていることである。
つまり親軍政の政党がふたつあるのである。現在の軍政の傀儡党がUSDPであり、旧軍政の流れを汲むのがNUPである。
親軍部のUSDPとNUPの2党で2100人の候補者を立てており、それに対する中立・民主派は合計して400人ほどだと言われている。選挙スタッフの動員数、財政的な基盤など、親軍部は圧倒的に有利な条件で選挙を行おうとしている。
まず間違っても軍部派が負けるようなことは考えられない。
アウンサンスーチー氏率いるNLD党は、実は新たに作られた選挙法によって解党せざるを得なくなり、今回の選挙前に22年に及ぶ政党活動に終止符を打つことになった。それゆえ、選挙には参加していない。
あくまでも軍事独裁体制の固定化に繋がる2008年の憲法と、それを元にした選挙には正統性がないとして、スーチー氏は、一般市民に対して選挙のボイコットを呼びかける手法に出た。
勝利間違いと確信していたUSDP側は、スーチー氏による選挙ボイコットへの呼びかけに対して、投票率が下がることを危惧し始めた。そのため、選挙を直前に控えた10月末から、国営紙において、投票を棄権しないようとの論説を連日載せ始めている。
論説には「確かに選挙の仕組みは複雑で分かりずらいが、そうであっても待ち望んだ選挙だ。20年ぶりの選挙を成功させよう」と書かれる。軍事政権が投票率アップに必死になっている様子が見て取れる。
国際社会が正当性と公正さを危惧する中、軍政は海外からの選挙監視団の受け入れを拒否している。もちろん海外からの取材陣も閉め出している。
いったい、どのような選挙が行われようとしているのか。
インターネット時代の今、情報の国外流出は避けられない。軍政はそれに対して、インターネットを遮断し始めた。10月末の数日、ラングーン(ヤンゴン)ではインターネットがまったく繋がらなくなってしまった。(ラングーン=宇田有三)