最終回 「先住民族」として生きる人々
コロンビアの「先住民族」と呼ばれる人々の間を旅してきた。「先住民族」とは、どういった人々なのだろうか。私が出会った沢山の人たちを語るときに、「先住民族は-」と、そう一括りにして話をすることに違和感を覚えるようになっていった。
一人ひとりに名前があり、それぞれが、自分が属する民族に対して誇りを持っている。私が抱いていた「先住民族」に対する先入観は、この違和感を覚るようになって、徐々に取り払われていったように思える。
その上で話をしたい。
全国コロンビア先住民族組織(ONIC)によれば、コロンビアには102の先住民族が暮らしているという。彼らの生活は、外部から目の届きにくい所にある。都市で生活している人には、コロンビアに先住民族はいないと言う人すらもいた。それほどに少数者なのだ。
また、時折メディアで語られる先住民族には「美しい衣装・自然との調和・神秘的な儀式・独特の習慣」、一方で「劣っている・未開・原始的」と、その時々で都合のいいイメージで語られている。
辺境に置かれる彼らの生活圏には、コロンビアという国が抱える矛盾が膿のように溜まっている。それは、現在も強い影響を残す、植民地時代から続く大土地所有制に象徴される社会構造、押し寄せる新自由主義経済によって広がり続ける格差、そこにつけ入る麻薬経済、更に近年は資源開発という巨大な力がある。私が「先住民族」と呼ばれる人々の間を旅して目にしてきたことだ。
この溜まった膿が生み出す紛争、虐殺といった暴力すら、都市部では他国の出来事のように身近ではない。「先住民族」たちは、この外部にさらされることのない世界に位置づけられ、これだけの負なるものを押しつけられている。
立ち上がる先住民族が警官隊と衝突する時、まるで暴徒かの様な報道がなされていた。そしてゲリラとの繋がりを指摘し、暴力を正当化する。
先住民族とは誰を指すのか。イメージで語ることによって、人間としての実態が伝わらない。その隔たりが、この激しい暴力を埋もれさせるのだろうか。これは私自身も省みなければならないことだと実感させられた。
「先住民族」という名の人間はいない。そこには一人ひとりの泥にまみれた人生がある。日々悩み、また、喜びに心を躍らせる。私と変わることのない人間だ。私はまずそれを伝えたいと思った。
私が、先住民族の人々に魅かれたのは、一人ひとりの温かさだった。彼らがよそ者の私に向けるその優しさを、私は持っているのか。
私は彼らのことを理解したいと思った。そして、もっと彼らに近づきたいと思い旅を続けてきた。一人ひとりが持つ、人間としての共通の感情がある。私と彼らをつなぐものがそこにあるのではないか。
2010年8月に大統領に就任したフアン・マヌエル・サントス氏は、親米ウリベ前政権を引き継ぐ。米国の援助を受け、進められる麻薬・ゲリラ撲滅作戦は、今後も推し進められるだろう。しかし、ゲリラや麻薬の生産地を叩いたとしても、そこにある問題の本質は何一つ変わらずに残る。現に、そこに暮らす人々は今も変わらぬ環境で毎日を過ごしている。
しかし、彼らはただ虐げられ、憐みを受けるだけの存在ではない。長い歴史から培われてきた知恵、人の絆、一度は否定されてきた社会に残る大切なものに再び光を当てる。
そして、新たな姿を模索し、足を踏み出している。
(終わり)
大きな地図で見るコロンビア・エクアドル地図(Googleマップより)
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(注)コロンビアはいま
全国コロンビア先住民族組織(ONIC)の調査によると、コロンビアには102の先住民族集団が暮らしているといわれる。その人種、人々が暮らす風土の多様性は伝えられる事が少ない。
南米大陸の北西に位置するコロンビアは、日本の約3倍の国土に、コロンビア国家統計局2005年国勢調査によれば、4288万8592人が暮らしている。先住民族人口は全体の3.4パーセント、135万2625人だ。
南米大陸を縦断するアンデス山脈がコロンビアで3本に分かれる。人口の大部分がこのアンデス山脈に集中する。首都ボゴタは東アンデス山脈の標高2640メートルの盆地に位置する。
5つに大別される国土は、熱帯の太平洋岸、青い海とともに砂漠を見るカリブ海岸、万年雪をたたえるアンデス山脈、熱帯雨林のアマゾン地方、リャノ平原が広がるオリノコ地方、まさに地球の縮図のようだ。そして各地には、草花とともに多様な自然に適応した生活を築く民族が暮らす。
コロンビアでは建国以来、紛争が繰り返されてきた。19世紀に、中央集権主義者(保守党)と連邦主義者(自由党)の対立を内包しながらスペインから独立すると、その対立は次第に激化し、1889年から1902年にかけて10万人の死者を出す千日戦争へと続いていく。
1946年より始まる暴力の時代(la violencia)では、両党の対立により全国で20万人以上の死者が出たといわれる。キューバ革命の影響を受け、1960年代に農村で左翼ゲリラが形成される。
現在も続く紛争は、60年代に形成されたコロンビア革命軍(FARC)と国民解放軍(ELN)、80年代に大土地所有者ら寡頭勢力がゲリラから自衛のために組織した右派民兵組織(パラミリタール)、政府軍が複雑に絡み合う。
1990年代に入ると、武装組織が麻薬を資金源とするようになり、生産地となる農村が武装組織の間に立たされることになっていく。
また、1999年に当時のパストラーナ政権により、国内復興開発を目的に策定されたプラン・コロンビアは、実質的には麻薬・ゲリラ撲滅を推進し、米国より多額の援助を受け現在も引き継がれている。
こうした紛争、暴力により、日本UNHCR協会ニュースレター「with you」2007年第1号のデータでは、300万人以上ともいわれる国内避難民、50万の難民を出し、先住民族社会もその影響を受け続けている。
(柴田大輔)
【柴田大輔 プロフィール】
フォトジャーナリスト、フリーランスとして活動。1980年茨城県生まれ。
中南米を旅し、2006年よりコロンビア南部に暮らす先住民族の取材を始める。
現在は、コロンビア、エクアドル、ペルーで、先住民族や難民となった人々の日常・社会活動を取材し続ける。
【連載】コロンビア 先住民族(全13回)一覧