談:リ・サンボン(脱北者)
とにかく北朝鮮という国は、煩雑な手続きと取締りの多い国だ。例えば自転車を買って乗るのにも、人民委員会(地方行政府)の交通安全課に行ってナンバープレートを発行してもらわなければならない。交通課では「本当の所有者なのか? 市場に行って販売した商売人から証明書をもらってこい」と言われる。これは自転車泥棒が多いから、まだ理解できる。
だが街中にこぎ出すと、辻々に「糾察隊」と呼ばれる取締り組織の人員が立っているんだ。車道を走っていると「ピピー」と笛を吹いて呼びとめる。「違反だ。歩道を走らなきゃダメだ。一時没収だ」と脅される。確かに交通違反なのだが、没収はあんまりだ。それで、仕方がないので、タバコやお金を賄賂として出すと、やっと解放される。
「糾察隊」は特に女性を狙う。北朝鮮では、九九年の金総書記の指示で、長い間女性が自転車に乗ることが禁止されていた。しかし、商売に忙しい庶民にとっては自転車での移動は欠かせない。女性たちは大通りを避けて自転車で仕入れに行ったり、市場に向かうことになる。それを「糾察隊」は狙うのだ。もちろん目的は賄賂を得ることだ。
一番面倒なのは、通行証(旅行証明書)の発給だ。北朝鮮では、他道や平壌(ピョンヤン)、中国との国境都市に向かう時にはこの通行証が必ず必要になる。どんなに煩わしいか説明してみよう。
まず、行政の末端組織の人民班(隣組的組織で三〇戸ほどで構成)の班長に、「旅行証明書申請書」を提出してハンコをもらう。これを持って役所である洞事務所に行って事務長の判をもらうのだが、大体「忙しいからダメだ」とか理由をつけて断られる。ここでタバコや金を渡さないとハンコを押してくれない。次に洞の保安署(警察署) の派出所にハンコをもらいに行かなければならない。
ここでも「× × 道に行きたい? そんなところに何の用事だ? 今度にしろ」と突っぱねられる。で、また賄賂が要る。次に洞の保衛部(情報機関)に行くが、同様にいったんは断られるのでまた賄賂。さらにまだある。今度は勤めている職場の「二部取扱者」という担当に、ハンコがずらりと押された「旅行証明書申請書」を提出して職場の承認となる。またなにがしかを差し出さなければならない。するとこの「二部取扱者」が人民委員会の二部という部署に書類を提出。そこが旅行先に申請者が行く目的が本当なのか確かめるわけだ。
普通に手続きすると早くて一週間、長いと二週間もかかる。「母危篤」の報せを受け取って、慌てて手続きを始めても、結局死に目に会えず葬式に出ることになったというのはよくあることだ。賄賂の額次第では書類がすぐに出ることもある。
このような面倒に直面すると、朝鮮人は「朝鮮には、ハエよりハエ叩きが多いからな」と言うんだ。何をやろうとしても、このうんざりするような手続きと賄賂を覚悟しなければならない。これも国が貧しいからでしょうね。
整理 石丸次郎
二〇一一年四月