1 施設と設備の劣化・老朽化
まず、レール、枕木、トンネル、橋梁、機関車、客車など、あらゆる鉄道施設と設備の無残な劣化、老朽化の問題がある。本誌の石丸次郎は一九九七~九九年にインタビューした何人もの脱北難民から「いまだに日帝時代のレールを使っている路線が多い」という証言を聞いているが、鉄道インフラに対する整備が後回しにされてきたことが、鉄道網麻痺のそもそもの原因である。
七〇年代から経済不振に陥った北朝鮮は、社会資本整備や住民の生活向上を犠牲にしつつ、金日成主席の銅像をはじめとする政治宣伝用の記念碑や建造物を全国に作ったり、韓国で開催されたソウル五輪に対抗して一九八九年に平壌(ピョンヤン)で「世界青年学生祝典」という大イベントを挙行したりするなど、非生産的な部門に巨額の資金を投入して浪費することを繰り返した。
こうして、徐々に劣化していった鉄道システムは、九〇年代半ばに始まった「苦難の行軍」期にズタズタになってしまう。列車の窓ガラスは、盗まれたり乗り降りの邪魔だと割られたりして無くなり、座席は暖を取るために車内で燃やされ、枕木は薪として住民たちが外して持って行ってしまう。送電線は切られて古銅線として売り払われた。機関車も車体の更新をおろそかにしたため、老朽化が進む一方だった。
「まともに動く機関車は朝鮮全体で二~三〇両しかないと思う」
とは、脱北して来た鉄道労働者の言葉である(一九九八年、石丸次郎取材)。また、北朝鮮と中国は三ヶ所で鉄道が連結されていて、旅客・貨物の国際運行をしているが、一九九〇年代終わりから二〇〇〇年代初めごろ、中国から北朝鮮に渡った機関車や貨車を、北朝鮮側が返却せずにそのまま国内で使い回す事例が多発し、中国側が度々抗議するということが起こっていた。
こうした状況も「苦難の行軍」が終わる二〇〇〇年頃から少しずつ沈静化していくのだが、それでも、韓国の国土海洋部(当時は建設交通部)が二〇〇三年に行った発表によると、いくつかのトンネルや橋梁では崩壊の危険が指摘されており、枕木の八〇%も損傷しているとのことだ。脱線や衝突事故も毎年のように発生している。これは、路線の九八%が単線である(二〇〇八年の韓国交通研究院の報告による)ことも関係していると思われる。
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