解説 金正恩の世襲後継は茨の道
石丸次郎
なぜ金正恩は金日成を真似るのか
金正恩を次の最高権力者にする正当性、正統性は何だろうか? いくら考えても、今のところ何もなさそうである。実績も経験もなく、選挙を経たわけでもない。能力も試されていない。政権は彼の偉大性を宣伝することに血眼になっているが、北朝鮮の一般民衆がその内容をバカバカしいと感じていることは、数々の証言でお分かりいただけたと思う。
二〇一〇年九月の党代表者会で金正恩が初めて姿を現した時、北朝鮮人の多くが、「よくもここまで金日成に似せたもんだ」と感心したに違いない。高く刈り上げた真中分けの髪型は、三〇代後半の金日成の髪型とそっくりだったし、服装も古色蒼然とした詰襟を着用することで「人民とともにある」という金日成のイメージとダブらせようと意図したのは明らかだ。
だがなぜ、二〇代の金正恩を一七年前に死んだ金日成の「そっくりさん」に仕立てあげる必要があるのだろうか? それは、金日成に連なる人物だということが、金正恩にとって権力継承を正当なものだとアピールできる唯一の、そして極めて重要なポイントだからである。なぜなら、北朝鮮は今でも、徹頭徹尾「金日成の国」だからだ。
金正恩が公式デビューした先の党代表者会で労働党規約が改訂された。規約からはマルクス・レーニン主義という名目と共産主義社会の建設という目標が削除され、それらに代わって冒頭に「朝鮮労働党は偉大なる首領金日成同志の党だ」と明記された。
また二〇〇九年に改訂された北朝鮮の憲法の序文は、次のように始まる。「朝鮮民主主義人民共和国は、偉大な首領金日成同志の思想と領導を具現した主体の社会主義祖国である」。
北朝鮮という国は、社会主義という土台の上に、金日成を神のように絶対化した「首領絶対制」を乗せた「二段構造」になっている。金正日政権が去年と今年にかけて、党と国家を、もう一七年も前に死んだ金日成のものだと再規定した理由のひとつは、孫である金正恩への権力委譲を円滑にするためだと思われる。
権力を継がせる正当性、正統性を金日成との関連に求めることができるからだ。金正恩はまだ未熟な若者に過ぎない。金日成の国を継承させようとするなら、金日成と繋がりを示すために、せめて容姿が似ていることぐらいは、アピールしたかったのだろう。
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