Yoi Tateiwa(ジャーナリスト)
【連載開始にあたって 編集部】
新聞、テレビなどマスメディアの凋落と衰退が伝えられる米国。経営不振で多くの新聞が廃刊となりジャーナリストが解雇の憂き目にさらされるなど、米メディアはドラスティックな構造変化の只中にある。 いったい、これから米国ジャーナリズムはどこに向かうのか。米国に一年滞在して取材した Yoi Tateiwa氏の報告を連載する。
第1節 ウィッキーリークスと調査報道(3)
ウィッキーリークスはジャーナリズムなのか?
ワシントンポストの最初の報道は11月29日だった。11月28日にニューヨークタイムズなどがネットに流した内容を記者とデスクで手分けして原稿にしたということだろう。
見出しは「公電がアメリカの外交の現場を暴く」だった。
「25万以上に及ぶ機密文書に事前にアクセスする事を許された報道機関によると」と自らが入手した情報でないことを断っている。
そして、「WLが入手した国務省の機密公電はアメリカ外交官の活動と彼らによる無遠慮な評価を露呈させた」とし、アメリカの外交官が各国の外交官の頻繁な訪問客やクレジットカード情報を入手するよう指示されていた事を取り上げている。
一方で、「公電の多くは既に新聞に報じられているもので驚く内容ではない」と書いている。
セミナーでカレン・ディヤングもその点を強調した。ではなぜワシントンポストは後追いしたのか。
ディヤングは、「噂の範囲、或いは記者の間での一般的な認識としては存在したものだが、それが公的な文書で公になった事は初めてであり、オバマ政権に与える影響は小さくない」と話した。
ニューヨークタイムズとワシントンポストの報告を踏まえて議論が続いた。興味深かったのは、政府側の立場で話すCSISのジョン・ハマーと、ジャーナリストの3人の間に意見の隔たりが見えないことだった。
温度差は多少有ったものの、WLはジャーナリズムとは呼べないということでは意見は一致していた。また、現在流出している内容、持ち出した人物のアクセスできる公電のレベルから言って、スクープと呼べるような内容は無いこと。
その一方で、こうした情報の大量流失には何かしらの対応が必要だということ。ただし、ネットの内容を規制するような動きは憲法の保障する報道の自由に関わる問題をはらんでいること。
そして、現時点では、有効な手立ては無いこと。こうした内容については概ね意見が一致していた。
この最後の部分についてジョン・ハマーは、「国防総省にしても、みなさんが考えている程、スーパーでクレジットカードをこするような形で単純に情報にアクセスできるわけではないんです。さまざまな形で情報は遮断されています。しかしそれらも流出してしまえば、それを規制するのは技術的に不可能でしょう。
ネットの世界では、規制をかけたと思った瞬間に、その規制は役に立たなくなっている」と話した。
ここでボブ・シーファーがジャーナリストらしい別の視点を話題にした。
「情報漏洩という点で1つ指摘したいのだが、政府の機密指定が乱用され過ぎではないかという気がする。WLのばらまいた公電が本当に機密に属する内容なのかというと、実際のところそうでも無いというのが印象だ。ならば、それらは本当に機密だったのか?それは少し議論した方が良い」
シーファーは1つのエピソードを紹介した。ペンタゴンペーパー事件の話だった。
1970年にランド研究所の研究員だったダニエル・エルズバーグがベトナム戦争の真実が書かれた機密文書をニューヨークタイムズに持ち込んだ事件は、WLの問題が議論される度に引き合いに出される。
多くのジャーナリストの見解の一致するのは、ペンタゴンペーパー事件で機密を暴露したダニエル・エルズバーグは正しいという事だ。では、WLは正しいのか?それがまさに議論の焦点になっているわけだが、ここでシーファーが引き合いに出したエピソードはそうした話ではない。
「ペンタゴンペーパーは当然のように機密指定、それも最重要の機密指定を受けていた。この為、エルズバーグは裁判で懲役刑を受け、ニューヨークタイムズも私のCBSも報道を禁止する裁判所の命令まで受けた。当然、国防総省の上層部はみな、取材拒否。そのペーパーの存在さえノーコメントだった。
ところがだ、国防総省の地下の売店には、そのペンタゴンペーパーが売っていたんだ。驚いた私は直ぐにカメラマンを呼んでそれを撮影させ、CBSのニュースで報じた。つまり、国家の機密なんて、所詮はそんなものだったんだ。後でクロンカイト(アンカーのウォルター・クロンカイト)から、『映像が無ければ、私は君の話を信じなかったよ』と言われたものだ」
ニューヨークタイムズが記事を出した後、ダニエル・エルズバーグは各社にペンタゴンペーパーを送っており、それが緊急出版のような形で表に出ていたのだろう。会場内は爆笑の渦に包まれた。WLに関しては否定的な見解を持っている感の強いシーファーだが、必要のない機密指定が氾濫しているという指摘は当然なされるべきものだろう。
(つづく)