非世俗的な国家統合の象徴だという点で、北朝鮮の首領と日本の天皇には共通点が見出される。写真は晩年の金日成。(わが民族同士HPより)
非世俗的な国家統合の象徴だという点で、北朝鮮の首領と日本の天皇には共通点が見出される。写真は晩年の金日成。(わが民族同士HPより)

三代世襲は困難 「後継問題」に直面する北朝鮮政権 2
リュウ・ギョンウォン
(初出:リムジンガン3号、2009年)

権力後継が困難な八つの理由(承前)
[2]思想闘争を受け継ぐことの困難
一九六〇年代、社会主義国家における重大な路線上の葛藤の一つは「『継続革命』か、否か」であった。
国内で資本家を階級的に清算し社会主義制度を樹立した後も、引き続き「階級闘争」を展開し「継続革命」をやるんだという立場は、執権政党と国家自らが社会の経済発展を妨害するようなものだった。

中国では「継続革命」を前面に掲げて文化大革命が推進された。すると朝鮮も、かの毛沢東率いる中国の路線を模倣することを選択した。
しかし、一九七〇年代中盤、中国は文化大革命を終息させ「階級闘争」を放棄し、経済発展へと政策転換したのに、反対に朝鮮は引き続き「主体(チュチェ)思想」を掲げ唯一思想体系を運営し、神格化した首領擁立で社会主義から前近代的社会へと後退を続けた。

現在の朝鮮は、実質的には社会主義国家でもなんでもないにもかかわらず、いまだに「非社会主義現象との闘争」などと言って、思想闘争を続けている。
朝鮮の「階級闘争」には四大武器がある。

1党生活評価、2住民に対する調査登録、3保衛機関の予審(注1)、4「司法」がそれである。
1~1は全て政治的な恐怖で社会を統治するものだ。4も住民の実生活とはまったくかけ離れた非現実的で形式的な制度で、権力者が一方的に決めつけるものである。そして、処罰も、革命化(注2)や強制労働、一族連座追放など、前近代的なやり方ばかりだ。

当然、こんなものを社会を動かす原動力にしようとしていては発展はありえない。
中国など、和解と協力の時代に適応した社会主義国家に共通する点のひとつは、社会を混乱させる「階級闘争」を放棄したことだ。「階級闘争」という《社会発展の抑制装置》を現代世界の国家が、代々受け継いでいくということ自体、とんでもないことである。

思想闘争でもうひとつ押さえておくべき点は、今なお政治的「仮想の敵」を必要としているということだ。「仮想の敵」が存在しなければ思想闘争はその口実を失うのだ。

例えば、現在国内の主な「仮想の敵」は「深化組」(注3)であり、国外の「仮想の敵」は当然、米国や日本、そして韓国である。
この中で、現在ようやく米国との関係改善を目的とした「核外交」が行われるようになったが、「継続革命」「継続闘争」の原理で設計される政治状況にあって、「仮想の敵」との関係改善を後継者がうまく成し遂げられるか疑問である。

国力が衰退した今では、統一のスローガンも掛け声だけだ。実際に統一を進めるならば、思想闘争など溶解してしまうに違いない。
暮らしの改善を待つことに耐えられなくなってしまった民衆は、「仮想の敵」という目に見えない圧力から解き放たれたくて、その「仮想の敵」である韓国や米国と「一か八か戦争をやろう」と大っぴらに言うようになった。実は、そのような言葉の真意は、戦争によって政権が崩壊すればいいというものなのだ。

[3]《首領》 の地位は金正日でさえも継承していない
現在のような困難な状況の中であっても、朝鮮人に「朝鮮はどんな国なのか」と尋ねれば、皆が口を揃えて「首領に仕える国だ」と答えるだろう。
つまり、「後継」というならば、それは首領の後継でなければならないはずである。

歴史を振り返ってみよう。
一九六〇年代後半から一九七〇年代の初め、神格化された首領を制度化しながら、同時に後継者候補も選ばれた。つまり後継者候補にとっては、首領教育の時間が与えられたわけだ。

金正日は当時、党中央委員会の運営という強大な力を与えられ、唯一的指導体制を樹立、運営し始め、一九八〇年には公式に後継者となった。
しかし、金日成首領と金正日後継者の混在期間の約二〇年の間に、首領=象徴的或いは非世俗的存在、後継者=実力者或いは世俗的存在という認識が全社会に定着することとなった。人民にとって首領は、ただ報道や文学作品や銅像を通じてのみ会える存在だったのだ。

朝鮮における首領後継とは、まさにこのような地位と存在を継承することなのである。
ならば、金正日は一九九四年の金日成の死亡後、名実共に首領になったのだろうか?
この社会的・歴史的な疑問に対する答えは「否」である。

金正日は首領の使命には背を向けた。つまり人民的カリスマを持つ非世俗的存在、象徴にはなれなかったのだ。あるいはなろうとしなかったのかもしれない。
「首領とは個人ではなく、国家と人民の領袖である」という社会の了解は、朝鮮人民と軍隊内部に根付いた絶対的な信念、信条である。

その意味においては、金正日は未だ次期後継者の地位に止まっているとも言える。
党の総書記、軍の最高司令官、国防委員長の三大最高権限の地位に就いている金正日であっても、たかだか上層幹部たちの「ボス」に過ぎず、その暮らしの豪華さと銃剣の威光が仰々しいだけで、人民の首領としての風格はどこにもない。

継承すべき最高指導者の地位の本質が、金日成―金正日間と金正日―×××間の二つの継承過程において大きく変質してしまっている。
つまり、「首領を奉る国」において、金正日が継承するはずだったのは、首領の地位と役割であったが、金正日は未だ首領にならずにいる。

すると、金正日の後継者なる者は、いったいどんな地位と役割を継承するというのか、それが明確になっていない。これこそが後継の困難さを現わしている。
(つづく)
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注1 全ての朝鮮の国民は、日々の生活を党によって評価される。また、その代々の家系から普段の素行、思想傾向にいたるまで、調査記録されている。不審点があれば、秘密警察である保衛部によって取り調べを受けることになる。
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注2 朝鮮特有の「思想闘争」方式で、党組織から党員に下される処罰のこと。全ての党員の行動の問題は「思想」にその原因があり、「『思想』は革命的な鍛錬、即ち過酷な環境での労働を通じた肉体的な苦痛の中で優れたものに洗脳されて行く」という統治「理論」に基づいて行われる。革命化の処罰を受けた党員とその家族はいわゆる「革命化管理所」と呼ばれる統制区域へ追放される。
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注3 「深化」とは永遠に続く住民登録再調査事業のこと。金日成は「深化事業をしっかりとして、住民文献を辞書のようにしろ」と指示した。その専門機構として人民保安省(警察機関)が存在する。
九〇年代の一大思想検討方針の追い風を受けたこの機関は、「深化組」を組織し、中央党ならびに権力機関の多数の中央幹部たちを敵対国のスパイにしたて、本人とその家族を処刑、粛清、追放した。
しかし、行き過ぎた「深化」が政局に大混乱を呼び起こしたため、金正日が粛清劇を止めた。
すると数万人に達する「深化組」のメンバーが反対に処罰を受けるようになった。彼らは今なお全国の管理所や教化所に政治犯として収監されている。最近も処罰に関して「深化組」に対する弾圧を強化することという指示が出ているという。
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2011年12月19日の北朝鮮の官営メディアによる金正日総書記の死去発表からはや50日。北朝鮮国内では、軍の最高司令官となった金正恩氏が連日「現地指導」を行うなど、後継作業が急ピッチで進んでいる。
だが、金正恩氏が父が握っていた絶対的な独裁権力を継承できるかどうかは、まだ未知数である。
本特集では「三代世襲」を論じた過去のアーカイブ記事を通じ、金正恩氏が現在直面している、そして今後直面するであろう問題を、再び読み解いていきたい。
果たして「金正恩時代」は来るのであろうか。

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