若き日の金正日。(わが民族同士HPより)
若き日の金正日。(わが民族同士HPより)

三代世襲は困難 「後継問題」に直面する北朝鮮政権 4
リュウ・ギョンウォン

権力後継が困難な八つの理由(承前)
[5]がんじがらめの「一〇大原則」

金日成の最初の首領後継候補者は、実弟の金英柱(キム・ヨンジュ)だった。その彼が制定したのが「党の唯一思想体系確立のための一〇大原則」であった。
これは要するに、金日成を絶対化するための掟であり、法律を凌ぐ朝鮮の最高規範である。

その後、有力な首領後継候補者となった金正日が、一九七四年四月にこの「一〇大原則」を自分に有利なよう改訂した。これは後継者が自らの統治のために、首領に対する偶像化と民衆の愚昧化を進めるものであった。

その内容は、首領の神格化で一貫したエセ宗教的戒律である。「何の心配事もなく、喜びを享受し、安泰でなければならない」存在の首領の基本的役割は次第に、自身の後継者を激賞することになっていった。

(以下、引用)

党の唯一思想体系確立のための一〇大原則(前文略、抜粋)
(1)偉大なる首領金日成同志の革命思想で全社会を一色化するために、命をかけて闘争しなければならない。
(2)偉大なる首領金日成同志を忠誠で敬愛、崇拝しなければならない。
(3)偉大なる首領金日成同志の権威を絶対化させなければならない。
(4)偉大なる首領金日成同志の革命思想を信念として受け入れ、首領の教示を信条化しなければならない。
(5)偉大なる首領金日成同志の教示執行において、無条件性の原則を守らなければならない。
(6)偉大なる首領金日成同志を中心とした全党の思想意志的統一と革命的団結を強化しなければならない。
(7)偉大なる首領金日成同志に習い、共産主義的風貌と革命的事業方法、人民的事業手法をもたなければならない。
(8)偉大なる首領金日成同志から付与された政治的生命を大切に守り、首領の大きな政治的信任と配慮に対して、高い政治的自覚と技術に立脚した忠誠心をもって報いなければならない。
(9)偉大なる首領金日成同志の唯一の領導の下に、全党・全国・全軍が終始一貫して変わらず活動できる強力な組織規律を確立しなければならない。
(10)偉大なる首領金日成同志が開拓した革命偉業を代々受け継ぎ、最後まで継承して完成させなければならない。

 

(以上、引用)
以下は第一〇条に附記されている項目の抜粋。ここで言う党中央は金正日のことである。
(以下、引用)

(1)全党と全社会の唯一思想体系を徹底的に確立し、首領が開拓した革命偉業を代を継いで輝かしく完遂させるために、首領の領導の下に党中央の唯一の指導体制を確立しなければならない。
(2)偉大なる首領金日成同志が抗日革命闘争時期に積み重ねてきた栄光に満ちた革命の伝統を固守し、また永遠に継承発展させねばならず、革命伝統を誹謗し たり、抹殺しようとする反党的行動については、それがたとえいくらわずかな表現だとしても反対して、厳格に闘争しなければならない。
(3)党中央の唯一的指導体制から外れたわずかな現象や、様相についても、それを黙過することなく妥協を許さず闘争しなければならない。
(4)自分自身ではなく、すべての家族と子孫らも偉大な首領を崇め、首領に忠誠を尽くす党中央の唯一指導に忠誠を誓わなければならない。
(5)党中央の権威をすべての面で保証し、命をかけて党中央を死守しなければならない。

 

(以上、引用)
「一〇大原則」にのっとれば、首領には心配をかけてはならない。
そのため、首領は常に虚偽の報告を受けなければならなかった。後継者による虚偽の報告を知りつつも、常に微笑みを湛える偶像が首領である。
実際、金日成は、一九七〇年代から金正日の虚偽報告に悩まされることとなった。荒唐無稽な虚構の計画目標、金正日によるとんでもない浪費を知りつつも、 「首領の領導には神通力がある、業績を積み重ねなければならない」という脅迫観念によって、そういった虚偽報告には目をつぶらなければならなかった。

一方で後継者自身も業績作りと地盤固めに必死であったため、首領に対する点数稼ぎに熱を上げて、さらに虚偽報告を重ねることになった。
首領の地位は「裸の王様」と何ら変わりなかったのである。

人民に信望の厚い幹部は「(首領以外の)個別の幹部に対する幻想を持ってはいけない」という一〇大原則の規定によって、「革命化」の処罰を受ける危険が常にある。
首領にだけ気に入られ、大衆からは決して信望を集めない方法は永遠にただふたつ、人を捕らえる仕事と死刑執行だけだ。
「一〇大原則」にのっとれば、首領には喜びと満足のみを与えなければいけない。
そのため幹部たちができるのは、おべっかを使い、賄賂を差し出すことだけである。
その結果、別荘を初めとする首領への贈り物が増え、業績を称える政治的行事と記念碑の建設が増加する。そのための派手で贅沢な消費が、朝鮮経済を急速に悪化させた。

「一〇大原則」にのっとれば、首領には安泰と長寿を保障しなければいけない。
そのため首領は、長きに渡り国内外を自由に旅行することすらままならなかった。

一国の元首でありながら、世界各国の首脳が集まる国際舞台に出て、世界的なレベルの対話もできない。金日成は「口がきけない政治家」になり果てた。
一層孤独に隔離されたように暮らしていたのが、金日成の晩年である。どこへ行っても何かしらの《配役》を演じなければならなかった。

ドルと外貨が一番のパワーを持つ時代となった現在の朝鮮にあっては、「他の人間だけが得する『裸の王様』」たる首領の座に着くことを、誰もが望まないに違いない。
金正日は決して偶像化されるような「首領」ではない。

一方、その子供たちも、財産は相続できるので、敢えて後継者となる必要はないはずだ。
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