◆「リムジンガン」記者 最新報告
金正日総書記の突然の死去から一か月あまりが経った一月下旬。具光鎬(ク・グァンホ)記者は黄海道一帯へと取材旅行に出かけた。黄海道は江原道と並び「北朝鮮で最も情報が出にくい地域」の一つだ。中国との国境から遠く、北部の咸鏡北道などと比べて中国に越境・脱北する者が少ないからだ。
黄海道は穀倉地帯であるため、この地域の農業の出来不出来が北朝鮮全体の食糧事情に大きな影響を及ぼす。一方で、韓国との距離が近いため、宣伝ビラが飛来したり、韓国のテレビ放送が映ったりする「情報最前線」でもある。ク記者はさらに、北朝鮮最大の港、南浦港がある南浦市内にも足を延ばしている。それらの地域でク記者が見たのは、厳しい食糧事情に直面する農民や兵士の姿、そして社会に漂う疲弊感と不安感であった。グ・グァンホ記者による「金正日後」の最新現地報告を連載する。
飛び交う物騒な噂
沙里院市に着いたのは夜だった。駅前にある個人の家が闇で運営する宿に旅装を解いたが、心は落ち着かない。朝鮮の社会がいかに油断ならないかを示すような、恐ろしい事件の話を耳にしたからだ。昨年12月にこの宿で睡眠薬強盗事件があったばかりだという。大部屋では貧しい者同士、お互いが少しずつ食べ物を持ち寄って雑談したりするのだが、その際に睡眠薬を食事に混ぜ、相手を昏睡させて荷物をごっそり奪って逃げたというのだ。
不安な気持ちはぬぐい切れず、うとうとはしたものの結局、一睡もせず夜を明かした。顔を洗ってさっぱりしたいところだが、蛇口をひねっても水は出ない。水を使いたければタライ一杯で500ウォンを、セッケンが必要ならさらに1000ウォンを出して買わなければならない。宿の部屋で回りを見渡すと、商売のための大きな荷物を抱えている人に限って疲れて見える。商売人は大事な荷物を奪われないよう、常に気を張っている必要があるからだ。居眠りはもちろん、おちおち用も足していられない。
朝鮮のこうした厳しい旅行事情を、外国に住む人はなかなか理解できないだろう。私が乗り込んだ沙里院(サリウォン)市から海州(ヘジュ)市に向かうバスの路線についても、ぞっとするような噂が絶えなかった。途中の山道で、バス強盗が多発しているというのだ。武器を持った5、6人の男達がバスを襲い、荷物を根こそぎ持っていってしまうのだという。
歯向かう者には容赦なく攻撃してくるのだとか。客の数の方が多いので追い払えそうなものだが、いざ強盗と遭遇すると皆怖くなって、力を合わせ反撃することもできずに荷物を盗られてしまうのだという。強盗はバス自体を奪っていくわけではなく、運転手を傷つけることもないので、運転手は強盗に遭遇したら運が悪かったと割り切っているとのことだ。事件に巻き込まれたくなければ、明るい内に目的地に着くようなバスを選んで乗るしかない。
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