Yoi Tateiwa(ジャーナリスト)

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【連載開始にあたって編集部】
新聞、テレビなどマスメディアの凋落と衰退が伝えられる米国。経営不振で多くの新聞が廃刊となりジャーナリストが解雇の憂き目にさらされるなど、米メディアはドラスティックな構造変化の只中にある。 いったい、これから米国ジャーナリズムはどこに向かうのか。米国に一年滞在して取材した Yoi Tateiwa氏の報告を連載する

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第1節 ウィッキーリークスと調査報道(11)
◆ 「内部通報者はメディアでなくアサンジを頼った」ルイス教授

政治の街として知られるワシントンDC。それ故だろう。社会科学系の学科で有名な大学が多く集まっている。外交関係で知られるジョン・ホプキンス大学とジョージタウン大学は特に有名だ。主要4校というと、これにジョージ・ワシントン大学、それにルイスが教授を務めるアメリカン大学が加わる。

アメリカン大学は頭文字からAUと呼ばれる。4大学の中で多少、色合いが異なる。「Red AU(赤のアメリカン大学)」と称された過去が有るほど、伝統的にリベラルな校風だという。「レッド」は誇張だろうが、大学の教員に民主党支持者が多いという話は有るらしい。それ故だろうか、民主党の大統領が演説する場所としても知られる。最近ではオバマ大統領、古くはケネディーが歴史的な演説を行っている。

ルイスが教授を務めるコミュニケーション大学院(School of Communication)は、この大学の看板大学院の1つだ。ルイスが教壇に立つのは週に1度しかない。特別扱いということではない。主な業務が、大学に併設された報道機関Investigative Reporting Workshop(以後、IRW)の編集長だからだ。彼は大学の教授ではあるが、今も現役のジャーナリストなのだ。

ルイスとIRWの活動は次のこの連載のテーマとなるのだが、その前に、ルイスにWikiLeaks(以後、WL)とその代表のジュリアン・アサンジ(Julian Assange)について語って貰う必要が有る。私はアポをとって、IRWの彼のオフィスへ向かった。

IRWの編集会議を主催するチャールズ・ルイス(中央)
IRWの編集会議を主催するチャールズ・ルイス(中央)

 

テレビ局で働いていた頃の若き日の写真などが飾られた編集長室で、ルイスはアジアからの来訪者を笑顔で迎えてくれた。
「アメリカでジャーナリズムが尊ばれたのは、そこに調査報道が有ったからです。政府や企業は常に都合の悪い情報を隠そうします。それを暴き、真実を伝える役割がジャーナリズムにはあります。それが調査報道であり、それによってジャーナリズムはアメリカ社会から必要だと認識されるようになったわけです。

つまりアメリカのジャーナリズムと調査報道とは不可分なものなのです」
ルイスは早口だ。それに、語彙が豊富で、よほど英語に精通していないと理解できない単語を並べる。例えば、「Mackraker」という単語。これは調査報道記者を意味する名詞だというが、外国人には馴染みの薄い言葉だ。知らない言葉が出る度に、「それはどういう意味ですか?」を繰り返しながら話を聴き続けた。

「ところで、新聞やテレビが調査報道の王様としてアメリカで君臨できたのは、内部通報者が新聞やテレビを頼ったからです。だから新聞とテレビには、あらゆる情報が集まったわけです。

それを取材によって精査する必要は有りますが、大事なのは、そうした情報が新聞やテレビにもたらされ、それが適切に報じられてきたということです。ペンタゴンペーパー事件、ウォーターゲート事件、みなそうです。

それが調査報道を支え、アメリカのジャーナリズムを輝かせたわけです。ところが、WLの登場によって、内部通報の情報が伝統的なメディア以外に託されたわけです」
ルイスは、ここで厳しい顔になった。

「ご存知のようにWLはハッカーの集団でした。つまり、これまで私たちが考えてきたジャーナリズムとは異なる存在です。そうした存在に、内部通報者が情報を託したということに、私たちは注目する必要が有ります」

私の理解度を確認した上で、言葉を続けた。
「いつの時代も、組織の不正を暴こうとする内部通報者が頼れる存在は必要です。そして、それはこれまでは新聞やテレビだったわけですが、今はそうではなくなったということです。それが最も重要な点です。WL以外に頼る先は無くなったのではないか?我々ジャーナリストは、今、その答えを出すことが求められているのです」

この連載をなぜWLで始めたのか。それは、WLの存在がジャーナリズムとは何かを突きつけたからだ。それは2つの事実から指摘できる。1つは、既存のメディアとは明らかに異なるWLが内部通報者の拠り所となり、近年に無い世界的なスクープを放ったという事実。もう1つは、その一方で、WLをジャーナリズムの枠の中で捉えるべきか否かの議論が、答えを見いだせないまま続いているという事実。

ルイスはWLを肯定したわけではないが、否定はしなかった。それがどういう存在であろうとも、内部通報者が頼った存在として評価すべきという立場だった。
前回も触れたように、ルイスとアサンジは面識が有る。調査報道に関するパネルディスカッションでパネラーとして討論しているのだ。「アサンジについて一言で表現すると、『不思議な人物』だった」と話した。とらえどころがない。既存のメディアの問題点を指摘しているかと思えば、急に、資金が足りないといった話をするという。「しかし」、とルイスは続けた。

「アサンジについては映画化の話も有るようだが、彼がどういう人物かは、あまり関心は無い。やはり、彼が何をしたかに注目すべきだろう。なぜ、内部通報者は彼を頼ったのか?それを読み解くことが先決だ」。

連載は、次回からこのルイスとIRWの動きへと移る。それは、今、まさにアメリカで行われている新たな調査報道の実験を描くものとなる。

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