◆農村からの「収奪」構造とは
北朝鮮随一の穀倉地帯である黄海道地域で起きている食糧危機には複合的な要因がある。特に注目すべきは農村の危機だ。なぜ食糧を生産している農村で餓死者が出るのだろうか?その主原因は国家による収奪にあるとアジアプレスでは見ている。少なくない黄海道の農民たちは、もはや堪えられないところまで追い込まれている。(李鎮洙)
◆欠くことのできない「優先配給対象」への配給
社会主義国家を標榜する北朝鮮の施政の特徴に配給制度がある。全国民に食糧や基本的な生活物資、住居など、衣食住を政府の責任で保障しようという制度だ。しかしその実態は壊滅状態で、食糧配給の場合、90年代以降今日まで、大半の国民は配給対象から完全に除外されているのが実情だ。つまり、配給という国家の「配慮」の枠外で生きている人の方が遥かに多いわけだ。
現在、食糧配給制度の恩恵に預かっているのは、首領絶対制、一党独裁という北朝鮮の政治体制を維持するために必要なグループに限られている。具体的には、労働党や行政機関の幹部、人民軍、保安部(警察)、保衛部(情報機関)、軍需産業、優良鉱山・炭鉱などの企業所の職員とその扶養家族、そして平壌市民たちだ。行政運営担当に加え、治安・秩序を守り国民を統制するための集団、地下資源の輸出で外貨を稼ぐ労働者、そして対外的に国家の威信を高めるショーウィンドウ都市としての役割を果たす平壌市民と、それぞれ特徴付けられる。
こういった人々への配給の大部分をまかなっているのが、全人口の約4割に上るとされる(※1)農民が生産する穀物だ。その中でもコメの一大産地である黄海道に負担が重くのしかかっているのが、人民軍と平壌市民が消費する「軍糧米」と「首都米」である。軍隊は推定119万(※2)と平壌市民は200万人超(※3)と人数の規模が大きい点に加え、軍人も平壌都市部の住民いずれも、自前の食糧生産手段が貧弱で自給できないため、黄海道からの供給に頼る部分が多い。農村で生産したものを、都市住民や国家機関で消費するという構図だ。
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