◆農村幹部「農業が上手くいかない条件がすべて揃っている」
ここまでは、黄海道の農村で起きている食糧危機が「人災」によるものという観点から、収穫物を収奪していく国家と農村の関係について分析した。次は、「北朝鮮農業の今」を分析する。政府の無策と集団農業制度の弊害とによって、農業不振は極まっている。「リムジンガン」の具光鎬(ク・グァンホ)記者がインタビューした黄海南道のとある農村幹部は「農業が上手くいかない条件がすべて揃っている」と表現した。その理由を探る。
黄海南道は北朝鮮で随一の穀倉地域であることは既に述べた。大部分はコメが、他にはトウモロコシや麦などが栽培されている。北朝鮮の農業システムは農民と土地を「協同農場」に組織した集団農業だ。「改革開放」以前の中国や旧ソ連と組織構造は似たようなものと考えてよい。
最小単位は8~20人ずつの「分組」で、それがいくつか集まり「作業班」となる。作業班は「畜産」「農産」などの品目や、「農機械」「修理」など分野ごとに組織されていて、農場全体を協同農場管理委員会の「管理委員長」が統括する形を取っている。各農場は大体が「里」とよばれる村落(行政単位)を形成している。
(1)山林荒廃で水害頻発
2011年夏、黄海南道一帯を大型の台風が襲い、農耕地に多くの被害が出た。国営メディア・朝鮮中央通信では11年8月1日付けで、水害の被害規模について「住宅2900余棟の全壊に加え、数十人が死亡、農地595平方キロが浸水・流失した一方、8000余名の住民が仮設住宅で生活している」と伝えている。これは北朝鮮の農耕地の約3%にあたる(※1)。
「昨年(11年)の水害の影響は大きかったんです。沿岸部の田畑はずいぶんと流されました。春先の花が咲く時期に雨が重なったこともあり、昨年の生産は特に悪かったんです」(黄海南道40代女性)。
梅雨時の集中豪雨は避けられないにしても、北朝鮮で毎年のように水害が起きているのはなぜなのか?その原因は構造的な国土荒廃にある。
北朝鮮の大部分の庶民は、高価な石炭ではなく薪を日常の煮炊き、暖房用の燃料として利用する。この薪は他でもない、山にある木を伐採したものだ。山に入り、薪用の木をかついで降りてくる住民の姿は、「リムジンガン」記者たちが撮影した映像にも多く登場する。
さらに不足する食糧を補填したり、現金収入を増やすために、人里に近い山の斜面は大概、農地として開墾されている。これは個人によるものである。
このように、山は北朝鮮の住民が国家に頼らず生きていく上で欠かせない資源となっている。しかしその資源は有限だ。乱伐や無計画な開墾の影響で、90年代以降、全国的に禿山が増え続けている。1990年からの20年間で全山林の30%が消失したという国連機関の報告もある(※2)。木が無くなった結果として、山の保水力は低下、多少の雨でも水害が発生する大きな原因となっているのである。
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