I 急速に普及する携帯電話(4)
石丸次郎/リ・ジンス
機能
オラスコム社によると、北朝鮮の通信網は「3G」と呼ばれるもので、物理的にはインターネットの利用が可能な回線だ。しかし今のところ、インターネットは一般の利用者には全く開かれていない。また回線は国外とは完全に遮断されており国際電話は受信も送信もできない。
電話機の機能は立派である。写真も動画も撮れるし録音も可能。それらをマイクロSDカードに記録できる。一部の機種には相手の姿を見ながら通話でき るテレビ電話機能も付いている。画像データも送受信できる(その場合、料金は高いが)メッセンジャー機能も付いている。内部で撮影された映像を見ると、座 り込んで素早い手つきで携帯電話を操作する人の姿が見える。日本でもよく見かけるメールやメッセージを打っている姿のように見える。ク・グァンホ記者は、 その通りだとして次のように述べる。
「若い人たちは機械の操作が上手で、頻繁にメッセージをやり取りしている。文字だけなら通話するより料金も安いから。私にも正月に遠方の友達が文字メッセージで新年の挨拶を送ってきたことがあった」。
携帯電話にカメラ機能とメモリーカードへの保存機能が付いていることを知った時、よく当局が許したものだと驚いた。これは言い換えると、北朝鮮社会 に一〇〇万台の小型カメラが野に放たれたこと意味するわけだし、それを複写、拡散させることも可能なツールを、民衆が合法的に持てるようになったのであ る。「リムジンガン」の記者たちは既に実行しているが、国内の様子が、いずれ一般の北朝鮮人自身によって撮影されて、少しずつ外部に流出するようになるだ ろうと、筆者は予測している。
高価な携帯を使っているのは誰か
携帯電話取得にかかる最低費用はおよそ二八〇ドル。これは、ざっと四人家族がなんとか飢えずに半年暮らしていける金額に相当する。当然、携帯電話を持てるのは特権層やその家族、稼ぎの良い商売人など、北朝鮮の中で余裕のある人々に限られる。
登録された携帯電話には、役人や軍、党の幹部が公的に使用しているものと、その周辺の者の私的使用を公費で賄っているものがあると思われるが(以下 「公」)、一〇〜一一年度の加入者数の急増ぶりを考えると、携帯電話を積極的に活用しているのは純粋な個人利用者(以下「私」)だと思われる。なぜなら、 携帯電話事業は国営の社会主義電信事業ではなく、国際合弁会社によるビジネスとして営まれているからだ。
オラスコム社は、故金総書記に頼まれて慈善事業を展開しているわけではない。利益を上げるために、市場原則に従ったビジネスをしている。当然のこと ながら、北朝鮮国内の利用者から料金を徴収しなければならない。つまり「公」の使用者が増えても(北朝鮮当局がきちんと料金を支払わない限り)儲からず、 「私」が増加していかなければ先行投資した金は回収できないはずだ。オラスコム社の発表した携帯電話契約者数(リンク先のグラフを参照のこと)を 見ると、一〇年六月から契約者数が急増している。
この辺りから「私」の使用者が増え始めたのではないかと筆者は見ている。前述したように、金正日政権には 〇四年に携帯電話事業を突然中断した「前科」があり(この時、販売した携帯電話はすべて回収された)、一般国民の政府に対する不信は根深い。〇八年末に事 業が再開された後しばらくの利用者は「公」が主で、多くの人は様子眺めをしていたと思われる。その後、警戒心を解いた「私」が大挙加入し始めたのが現状で はないか。その中心が商売をやっている人たちだ。
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