麻薬撲滅に当局はようやく本腰
一一年二月、北朝鮮の官営「朝鮮中央通信」は「中国公安部長が国境地域の安全を守ることを強調」と題した異例の記事を発表した。前年、中国公安当局 が国境地帯で麻薬事件二一五三件を調査・処理し二八八三名を逮捕、三八二八キログラムの麻薬を押収した、という内容だった(注3)。
折りしも、中国公安 (警察)トップの孟建柱部長が訪朝中であったことから、北朝鮮からの覚醒剤流入に業を煮やした中国当局が、北朝鮮政府に事態の公表を強く迫ったものと思わ れた。北朝鮮国家の関与の疑い、あるいは取締りのお粗末さに対して、中国から強い圧力があったこと示唆する記事内容だった。
この中国の強い圧力に応えるかのように、その後の北朝鮮国内では「麻薬検閲(特別取締り)」の嵐が吹き荒れているというのが、内部の記者や取材協力者からの共通した知らせである。
チェ・ギョンオク氏によると、今年だけでも「特別打撃隊」「一一一八常務」「暴風軍団」などの検閲集団が平壌から恵山市に派遣されてきている。彼ら はいずれも、密輸や人身売買、国外との情報流通を取り締まる名目でやって来るのだが、捜査の重点項目には必ず麻薬が含まれていたという。だが摘発の実際は というと、どうにも頼りないもののようだ。これらの特別検閲チームは、平壌の威光をバックに捜査の初めのうちは厳しく取締りに臨むものの、次第に賄賂の誘 惑に負けて、ついには密輸の片棒を担ぐようになっていくケースがほとんどなのだという。
北朝鮮政府も頭が痛いはずだ。中国からの強い圧力にはもちろん応えなければならないし、このままずるずると覚醒剤の蔓延を許した場合に社会を襲う深 刻な副作用を予測できないはずはない。このため、北朝鮮当局はやっと重い腰を上げて、本気で覚醒剤流通の摘発に乗り出したのだと思われる。
しかし、述べて きたとおり、取締りをする権力機関自体の不正腐敗が酷いため、覚醒剤の蔓延を本当に食い止めることができるのか、決して事態は楽観できない。またさらに近 年、幻覚作用のある新しい薬物の流行の兆しがあるのも不気味である(写真参照)。
麻薬や覚醒剤は、深く人々の日常に根を下ろしてしまっている。事態は本当に深刻だ。将来、北朝鮮が改革開放に向かって動いたとしても、覚醒剤の問題 が社会再建の大きな足かせになってしまうかもしれない。韓国をはじめとする周辺諸国は、早急に麻薬・覚醒剤撲滅のための支援策を考え実行すべきだというの が、筆者の意見である。
(この項おわり)
(リ・ジンス)
< リムジンガン〉生活に根を下ろしてしまった覚醒剤=「オルム」 上
注1 「麻薬一般に関する憲章」(一九六一年制定)、「同修正条約」(一九七一年)、「麻薬および向精神薬の不正取引に関する国際条 約」(一九八八年)がそれ。この後、国連機関の国連薬物犯罪事務所(UNODC)の事務局長は日本の共同通信とのインタビューで「北朝鮮による国際的な麻 薬取引は二〇〇二年以降激減した」と語った。
注2 世界の武器取引に詳しい、スウェーデンのストックホルム平和研究所によれば、北朝鮮は武器取引による収入の九〇%を失ったとされる。
注3 同じ記事には武器二〇二三丁と弾薬五万三〇〇〇発も押収したとある。ここ一〇数年、朝中国境地帯では麻薬に加え、武器の密輸が問題になっていた。