◆死亡率は2倍強
震災による障害者の犠牲は健常者の2倍超というデータがある。内閣府が岩手、宮城、福島3県の沿岸自治体の障害者関係の団体に調査した数字で、把握できている9000人の障害者のうち2.5%にあたる230人が死亡、または行方不明になっているという。住民全体に占める死者、行方不明者は1%弱。障害者がより危険な立場におかれている実態が浮かびあがる。
宮城県東松島市の石森祐介さん(26)は迫り来る津波が目に焼きついて離れない。あの日、沿岸部の立沼の自宅で猛烈な揺れに見舞われた。

「家に母と祖母がいました。外に出たら、塀くらいの高さの津波がすーっと迫っていました。すでに玄関まで水が入ってきていて、2階に駆け上がりました」
脳性まひの石森さんは電動車いすを利用しているが、家の中では自分の足で歩いて移動する。「歩けてよかった、が実感です」。1階はほぼ水没、車いすだったら助からなかったと思っている。かろうじて自宅は流失せずに残った。2階に流れ着いた人たちを助け上げ、一緒に暗闇の中、不安な夜を過ごした。

◆当事者で支えあう
市内の叔父の家で避難生活を送り自宅に戻ったのは5月。辛かったのは自力で移動ができなくなったことだ。いつも利用していたJR仙石線は津波でズタズタになっていた。
就職活動中だった石森さんだが、震災後、求人は激減した。「いっそ東松島を出ようか」。そんな思いにかられていた昨年夏、石巻市の阿部俊介さん(29)と再会した。

車いすの阿部さんは震災後発足した「被災地障がい者センターみやぎ」の活動に参加していた。被災障害者の把握のため仮設住宅を回ったり、支援物資を届けたり。その姿に触発され、石森さんは、昨年10月に開設された石巻支部のスタッフになった。

震災1年を前に待望のミニコミ紙『にょっきり!』の創刊にこぎつけた。A4判4ページ。障害児を抱える母親と石森さん、阿部さんの座談会がトップ記事だ。お勧めの店紹介など、地元に密着した内容で、石森さんらが車いすで取材に回った。そのなかで改めて気づいたのは「私たちのような車いすの人たちを見ることがあまりない」ということ。

「これまではそれぞれ事情があるんだろうと思ったけど、やはりそれはおかしいと思うようになりました」
障害の有無にかかわらず生き方を選択できる住みよいまちであるように。石森さんは強くそう願っている。
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