◆「あいうえお」から
この夜、初めてこの教室で鉛筆を握った人もいた。在日コリアン1世の神農美代子さん(80)。風雪の刻まれた指で「あいうえお」の文字を懸命になぞる。以前は夜間中学にも通ったが、病気などで何度も中断を余儀なくされた。「なかなか覚えられなくて」と頭を指差し、苦笑する。
80歳の再スタート。「あいうえお」の書き取りから学ぶ
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近所に住むボランティアの小山明美さん(43)に誘われ足を運んだ。自分の習熟度を考え、ためらいもあったというが、教室の和やかな雰囲気にほっとした様子。「続けたいと思います」と神農さんが微笑むと、「またおいでえや」と斜め前の國島さんが声を弾ませた。
國島さんも、この場所がなくなることを憂えている。「やっと名前と住所を書けるようになって、もうちょっと勉強したい、死ぬまで勉強やっていうてたのに。ここがなくなったら勉強するところがあらへん」。
それに、國島さん自身が学びの途上。手紙や役所の重要な書類など、読むのに苦労することはままある。
「ここのセンターなら『この字、教えて』って聞けるけど、ここがなくなったら、うちら、どこに聞いたらええかわからへん」
頷きながら聞いていた山本信子さん(60)が「私らの真実の思い、書いてほしいねん」と続けた。小学2年のとき「心房中隔欠損症」という心臓の病気になり、小学校も満足に通えなかった。スーパーで買い物をしても、20%引きというのが、高いのか安いのかわからなかったという。
「私らにとって、ここがようやくたどり着いた憩いの場やもん」
◆ 市長に宛てた手紙
市民交流センターは人権文化センターなど32施設を統合、一昨年開設された。それを来年度末には廃止するという。なぜか。市は、利用率が平均約5割に留まること、4割の利用者が60歳以上であること、区内居住者が半数以上であることを理由に挙げる。「多世代の交流」が図られていないというのだ。運営費は年約8億8千万円。廃止すればその経費も浮く。
「市政改革プラン」の素案発表に伴い、市はパブリックコメントを募集。過去最多の2万8000件が寄せられ、94%がこのプランへの反対意見だった。中でも最も多かったのが市民交流センター廃止撤回を求める声だった。
これに対し橋下市長は会見で「反対が9割といっても反対の人がコメントを出すことが多いわけですから。世論調査でやるような抽出作業をしていないので統計的には意味がない。
市全体の意思を反映していないのだから、政策に反映させたら大変なことになる」(6月23日付産経新聞)と発言。市民交流センターについては「歴史的な役割は終わった。あのようなかたちでハードとして残す必要はない」(同25日付同紙)とも持論を展開している。あくまで廃止ありき、なのか。
「少数意見を聞くのが民主主義やないの?私がもっと若かったら、大阪市役所前に毎日座り込むのに」。「すみよし北」で学ぶ木本さんは、こう悔しがった。先日、あふれる思いを一文字一文字刻んだ手紙をポストに投函した。『学びの場を残して下さい』。大阪市役所、橋下市長に宛てて。
(矢野宏、栗原佳子/新聞うずみ火)