◆兄は骸骨のように痩せていた
石丸:手紙で知ることができなかったとしても、実際のところはどうだったのかな?
ヤン:それから、平壌では総連の幹部の子弟だけの寮に入ってたんで、家族全員で帰国したような人たちよりは恵まれているという自覚はあったと思います。後に訊いたら、卵を一日一個、週に5日間くらい与えられていたというんです。当時の北朝鮮で一日卵一個ってすごく贅沢なので、自分たちが優遇されてるんだなっていうのはすごく感じてたそうです。それでも滅茶苦茶お腹が空いてたって。もう勉強できないくらい一日中お腹が空いてたって言うんです。
でも、そんなこと手紙には書かなかったです。だけど、写真が入ってたの、僕たち幸せですっていう手紙と一緒に。その写真を見て、オモニが「アボジに見せられへん」て言って、破って捨てたんですよ。末のオッパが、もう骸骨みたいやったんです。私は、「それ誰?」って訊いたんです。オモニさっと隠そうとしたんですよ。で、私、「見せて」って言うて見たら、なんとなく面影ある。「これ、コンミニお兄ちゃん?」ってびっくりした。それはよく憶えてます。
石丸:後に日本に来る末のお兄さん・・・・・・。
ヤン:そう末のオッパ。一人で写ってました。白黒の、どこかの国の難民の子どものような写真だったんです。そしたらね、オモニは「アボジに言うたらアカンで」って言って、その写真を私の目の前で破ったんです。
石丸:ああ、破らなくてもいいのに。
ヤン:ほんまに粉々に破りましたよ、うちのオモニ。まあ私が離婚して帰った時も、過去の結婚写真をみんな破りましたけど(笑)。写真破りはんねん、いらん思ったらあの人は。痩せたオッパの写真、修復不可能なぐらいに破りはりました。
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