デジタルメディアの普及は不可逆
メディアのデジタル化の嚆矢はビデオであった。北朝鮮では国をあげて映像方式のデジタル化が図られ、主流だったVHSビデオテープは〇二年ごろから VCDに取って代わられるようになった。だがこれは結果的に、外部情報の大量流入を招くこととなった。中国国境を通じ密搬入された韓国や外国の映画やドラ マの海賊版は、国内で簡単にコピーされ、全国を結ぶジャンマダン(市場)の流通網に乗って売買されて拡散、あっという間に一般住民が楽しむようになったの だ。
言うまでもなく、デジタル画像・動画は個人でも複写と配布が簡単にできる。映像のデジタル化を進めたことで、韓国の映像情報という体制にとって危険 極まりない劇薬が拡散するという、大きなダメージを負うことになった。政権は韓国ドラマを「不純録画物」として厳しく取り締まっているが、デジタルシステ ム自体を止めようとはしていない。政権が国民に見せるための映像もデジタルで制作されており、この潮流は引き返すことできないからだ。
携帯電話やパソコンの個人使用も、不可逆なものになったと言えよう。加えて、携帯電話事業が政権にとって貴重な外貨稼ぎの手段となっているという点 を指摘しておきたい。電話事業は初期投資額さえ回収できれば、後は利用者が増えるほど収入になる。しかも料金は国民から外貨で徴収している。オラスコム社 の発表によると、一一年九月までのコリョリンクの通信料売上げは累計一億ドルを超えている。
また前述した通り、中国から輸入した携帯電話機は二〇〇〜三五 〇ドル程で販売されており、仮に一台当たり一〇〇ドルの利益があるとすると、一〇〇万台を売って二億ドル儲けたことになる。外貨が喉から手が出るほど欲し い政権は、相当深刻な社会混乱が起きない限り、携帯電話事業を放棄できないだろう。
民衆の新しい試み
閉ざされた北朝鮮にも、かつてと比べようがないほど多様な外部情報が入るようになったことは述べた。問題なのは、流入した情報を国内で拡散させるメ ディアが決定的に不足していることである。インターネットの開放は当分は絶望的だろう。だが他方で、北朝鮮内部でIT機器の新しい使い方を模索する動きが 出ている。
他人名義の「飛ばし携帯」が相当出回っていることは述べた。「リムジンガン」のパートナーたちも盗聴されるとまずい会話をする時は、正規の購入品で はなく「飛ばし携帯」を使っている。また、この「飛ばし携帯」を中国に送り、「国際電話」として利用することも始まっている。中国キャリアの携帯電話に対 する取締りが非常に厳しくなっているため、中国との連絡ルートを確保しようと、北朝鮮キャリアの携帯電話を中国に渡しているのだ。主に密輸屋が使っている と思われる。中国側で使用できるのは国境沿いの住民に限られるが、堂々と安全に中国と通話できるのだ。
さらに携帯電話の改造が広がり始めている。北朝鮮にもデジタルマニアがおり、SIMカードや電話機本体の改造などの裏ビジネスを始める者が現れたの だ。使用者が特定されないような細工や、他国の携帯電話を北朝鮮キャリアに変える改造などが試みられている。中国キャリアの携帯電話と組み合わせて国際電 話をかけることも可能になっている。
「リムジンガン」編集部でも、内部のパートナーたちとIT機器の活用について日々活発なアイデア交換と研究を続けている。安全上ここで明かすことができないのだが、いくつか新しいアイデアもあり、将来が楽しみである。
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