北朝鮮の庶民の多くは、ジャンマダン(市場)を中心にした商売や、闇の賃仕事をして得られる現金収入を頼りに生きている。その庶民の命綱とでも言うべき市 場で、白昼堂々、保安員(警察官)らが無慈悲な略奪を行っていたことが明らかになった。知らせてくれたのは北朝鮮内部の取材協力者カン・スジン氏(四〇代 女性)。彼女は二〇一一年一一月一八日、修羅場となった咸鏡北道茂山(ムサン)郡の茂山市場に偶然居合わせ、一部始終を目撃した。
カン:その日、私は清津(チョンジン)市から海産物を卸しに茂山に来ていました。正午を回ってしばらくした頃です。仕事を終え、夕食のことなどを考えながら、茂山市場をぶらぶらと見物していたところ、突然、喚き声が聞こえてきたんです。
記者:何があったんですか?
カン:まず市場にある二つの入口が塞がれました。大きな道路に面した入口にはトラックが横付けされ、保安員と巡察隊(注1)の連中が門の両側に立ち、人が出入りできなくしたんです。大きい方の入口には数十人、小さい方の入口は一〇人くらいが固めていました。
記者:なぜ人の出入りを阻んだのでしょうか?
カン:商売人たちが物を持って逃げ出さないようにするためですよ。連中はジャンマダンの中にどかどかと入ってきて、手当たり次第に物を奪い始めたん です。コメ、トウモロコシ、果物、油、野菜、人造肉(注2)など食料品はもちろんのこと、布地、靴、化粧品まで、本当にもう何でもかんでもトラックに積ん でいこうとしました。商売人たちは、売り物をなんとか守ろうと、ジャンマダンを囲う一・五メートルほどの柵の外に、懸命に荷物を放り投げているんです。
記者:商売人たちはやられるがままだったんですか?
カン:その反対ですよ。コメを売っていたある女性は、取られてなるものかと、コメの入った麻袋を摑んで離さないばかりか、それであべこべに保安員を 殴りつけていました。でも相手は銃を持っているんですよ。さすがに発砲まではしませんでしたが、銃床で殴られたりしたらかないません。まさに修羅場で、ま るで映画のワンシーンでしたよ。
次のページへ ...