もう、お分かりいただけたと思うが、「プロトン」は非合法の送金システム=「地下銀行」のことだ。数多くの脱北者と付き合ってきた経験から、その仕 組みについて説明してみよう。まず、チョさんの証言からも分かる通り、「プロトン」業者は、中国と北朝鮮の両方に拠点を設け、送金のたびにいちいち現金の やり取りをしなくてもいいような「信用システム」を構築している。これまでの私の経験では、北部の咸鏡北道や両江道にお金を送る場合は、通常、中国で送金 を申し込んだ次の日には到着する。非常に早くて便利である。
この地下送金業は、ほとんどが華僑によって営まれている。彼らは古くは清の時代、新しくは朝鮮戦争直後の復興期に中国から北朝鮮に移住した中国人 だ。華僑たちは、中国が改革開放政策で豊かになり始めた八〇年代から、北朝鮮が大社会混乱に陥った九〇年代(「苦難の行軍」期)にかけて、多くが北朝鮮を 離れ中国へと居を移した。その後、北朝鮮内部に残った親戚や知人とのネットワークを活かして、小規模な貿易業などで利益を挙げてきた。その過程で、人さえ いれば物を動かさなくても儲かる地下銀行「プロトン」が生まれたのだ。
先のチョさんのような中国に住む「非合法」の脱北者にとっても、韓国や世界各地で暮らす二万五千人を超える「合法」身分の脱北者にとっても、気がか りなのは北朝鮮に残してきた家族のことだ。亡命して自分だけが良い暮らしをしていると、罪悪感に苛まれている人も少なくない。脱北者たちの多くは、北朝鮮 に残してきた家族に送金したいと切実に考えているわけだ。
それに応えるように成長してきたのが、この「プロトン」なのである。「プロトン」のような地下銀 行を介さなくてもお金を送る方法が無いわけではない。恵山(ヘサン)市のような、国境の川幅が一〇数メートルしかないような狭い場所では、石に紙幣を巻き 付けて投げるといった方法で現金がやり取りされもするが、今や完全に時代遅れだ。
北朝鮮に残る家族に送金を続けるため、しばしば「プロトン」を利用するチョさんは、最近の事情を次のように語ってくれた。
「送金が失敗する可能性は、やっぱり常にあるんです。朝鮮では年々取締りが厳しくなってますから。最近では失敗の多い業者は淘汰されて、確度の高い 所だけが生き残る時代になっています。私のような中国にいる脱北者同士でも、誰に頼めば間違いないという噂はすぐ広まります。脱北者たちは皆、信頼できる 『馴染みの業者』を持っていると思いますよ」。
私も彼女の言うとおりだと思う。金の持ち逃げや未着があった場合、何の保障も受けられず、必死に稼いだお金が水泡に帰してしまうから、業者選びにはやはり慎重を期さざるを得ないのである。
実は「プロトン」が北朝鮮経済に与える影響も無視できない。韓国のあるNGO(非政府組織)は、韓国内の脱北者へのアンケート調査を通じ、年間約一 二〇億韓国ウォン(約八億円)が、「プロトン」を通じて北朝鮮へと送金されていると試算している。正確な数字は分からないものの、リムジンガン編集部で も、こうして北朝鮮に送られた現金がジャンマダン(市場)で流通し、経済を少なからず活性化させるのに寄与していると考えている。
現代の金融システムに慣れた私たちにとって、三〇%という手数料は決して安くない。暴利にさえ映るかもしれない。だが、国外に出た脱北者たちが「プ ロトン」を通じて送った金が、自由な往来もできず生き別れになった北朝鮮の家族の暮らしを支え、絆を保つ役割をしていることを考えると、三〇%は決して高 くないとも思う。と同時に、「プロトン」の存在を本当に有難く感じるのだ。
取材 パク・ヨンミン
整理 リ・ジンス
二〇一一年一一月