生産者である農民たちが餓死している...この衝撃的な報せに接し、我々取材班は、その原因について調べ始めた。接触した黄海道の住民たちは口々に「『「軍糧米」『首都米』名目で農村にある食糧をすべて持っていったからだ』と証言する。さらに、金正恩氏の「指導者デビュー」に伴う莫大な浪費が穀倉地帯に過度の負担を強い、多くの農民たちを絶糧状態に追い込んだのだった。飢餓の発生原因を証言から探る。(リ・ジンス 石丸次郎)
特集[2012黄海道飢饉]記事一覧
◆壮絶な農民からの収奪現場
穀倉地帯である黄海道の協同農場では、この5、6年、軍隊と農民たちが、まるで収穫物を取り合うような様相が続いている。部隊の食糧を確保しようという軍隊と、飢えを回避するために隠匿してでも生産物を確保しようという農民たちの「戦い」である。それが今年、極めて深刻な事態にまで発展してしまった。
「農村の幹部から保安員(警察)、検察官たちまで全部出てきて、すごい剣幕で『軍糧米』を集めていきました。農家を訪ね歩いては、あれこれ詮索、捜索し、隠している食糧が無いか家中ひっくり返して行くんです」
こう目撃談を語ったのは、黄海南道◆◆郡郊外で病院経営に携わるパク氏だ。役人たちは先の尖った鉄の棒で住民たちを脅しながら、少しでも多くの食糧をかき集めようとやっきになっていたという。
また、今年に入り三度、黄海南北道の農村地帯を取材したアジアプレス北朝鮮内部記者の具光鎬(ク・グァンホ)氏も、2月当時の現地の様子をこう振り返っている。
「本来なら干されているはずの稲束が、村には一切見当たりませんでした。乾燥させる過程で農民たちがくすねて軍の取り分が減るからと、収穫後すぐに軍が持って行ってしまったそうです」。
黄海南道の農村一帯を回り、労働党の方針を伝える任務を担っている中堅幹部キム氏も殺伐とした食糧奪取の現場に何度も立ち会っている。
「農民たちが持って行けないよう、銃を持った軍人が脱穀場を守っていて、脱穀が済み次第、全て持って行ってしまう。軍隊だけじゃない。農村幹部たちも、農民が生産物をどこに隠しているかわかっているので、庭をほじくったり、便所の中まで捜索して取り上げていきます。それがなくなると農民たちに食べ物がまったく残らないのを知りつつやるんです。上部からの命令で、規定量を納めないと幹部自身が首になってしまうからなんです」。
こうキム氏は言う。
生産した端から食糧を取り上げられる...黄海道の農村では、まさに暴力的な収奪が繰り広げられていた。こうして「穀倉地帯の農民が飢えに苦しむ」という異常事態が発生したのである。
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