◆黄海道農村の構造的疲弊
黄海道、特に黄海南道の農村は、軍隊の他、都市の労働者などへの食糧供給基地として、大きな役割を担ってきた。その中でも特に、韓国と対峙する最前線地域の軍団をはじめ、各地の部隊に送る「軍糧米」と、首都平壌の住民への配給食糧となる「首都米」は、最優先の供出課題であった。集団農業に固執している北朝鮮では、協同農場ごとに国家に納める分量が決められ、残りが農民の取り分、すなわち『分配』=収入となる。

だがこの十数年、北朝鮮の集団農業は生産停滞が深刻化していた。本来なら協同農場の生産計画に基づいて、肥料、農薬、種子、ビニールハウス、トラクターなどの農機、燃料等の営農資材が国から支給されることになっているのだが、財政悪化でそれは年々細っていき、近年は、農民が大部分を自己負担させられるのが常態化していた。

水の入った大きな缶を運ぶ少女。農村では電力難で水道が出ない地域が増え、井戸を掘って水汲みするのは日常の光景となった。(2008年10月黄海南道クァイル郡 シム・ウィチョン撮影)

 

さらに、田畑に水を供給する揚水機や脱穀機を動かす電力にも事欠く有様で、穀倉地帯の黄海道でも収穫高は減少が続いていた。加えて今や宿痾ともなった経済難を抱える北朝鮮政府の外貨難は深刻で、非生産組織の軍隊では、末端の兵士に栄養失調が蔓延しているのは、我々これまで報じてきた通りである。
(〈リムジンガン〉現地報告 飢える朝鮮人民軍、その実態と構造1~6 https://www.asiapress.org/apn/tag/rimjingang-starving-soldier/ や
【動画】 飢える人民軍兵士 https://www.asiapress.org/apn/2011/10/movie/up/ などを参照されたい)
このため、農民の負担は増え続ける一方だった。収穫は減少しているのに、国家には規定どおりの量を納めなくてはならない。約束された農民の取り分の「分配」はどんどん減少し、さらに営農資材も負担しなければならない。「泣きっ面に蜂」の農民の疲弊は募るしかなかった。

「春の田植えや種蒔きの時期、肥料や種子を多くは農民が負担して準備しなければならないのだが、農民に金がありますか?協同農場の幹部から、秋の収穫後に返済する約束で借りなければなりません。もちろん利子がつきます」
と、前出の党幹部のキム氏は言う。まるで封建時代の地主と小作農の関係である。

このようにぎりぎりの暮らしを強いられる農民たちは、生き延びるために収穫や脱穀の時に少しずつ生産物をくすねるようになったのである。だが、そのささやかな抵抗も、黄海道を狙い撃ちにした暴力的な「根こそぎ収奪」によって困難になったことは、冒頭で述べたとおりである。

特に今年の場合、昨年夏に黄海道一帯を襲った台風被害の影響があった。当時の様子を黄海南道◆◆郡の農村幹部リム氏はこう振り返る。
「昨年の大雨で多くの田畑が流失して生産が相当減りました。にもかかわらず、軍隊や役人が収穫期に来てすぐに食糧を持って行ってしまった。そのせいで、黄海道の農村では収穫から間もない1月に入ってすぐに食べるものが無くなってしまったんですよ」。
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