◆渡利地区ルポ 住民の声聞かず
「国側の態度はのらりくらり、その誠意のなさに今でも怒りがこみ上げてきます。人の命や健康について何も考えようとしないのですから」と語気を強めるのは工務店勤務の菅野吉広さん(44)。中学1年生と小学4年生の2人の娘の父親であり「渡利の子どもたちを守る会」の代表でもある。
渡利小で開かれた放射能汚染についての保護者説明会で一方的な説明だけで、住民の意見を聞こうともしない市の姿勢に不信感を抱き、他の保護者らと「渡利の子どもたちを守る会」を発足させた。昨年の5月のことだ。
その年の9月には政府の原子力災害現地対策本部と福島県が渡利地区で放射線量を調査した結果が発表され、高さ1メートルでは最高で毎時3.0マイクロシーベルト、隣接する小倉寺地区でも3.1マイクロシーベルトあったことが明らかになった。国は局所的に線量が高い地点を特定避難勧奨地点に設定するかどうか市との協議に入ったが、10月8日、国と市は指定を見送った。
この政府決定についての住民説明会を一部の住民にしか通知せず、住民らの切実な疑問に対してもきちんと回答しなかった。
「渡利周辺の特定避難勧奨地点に関する詳細な調査は一部の世帯についてしか行われていない。調査をやり直してほしい」――。28日には、菅野さんら住民たちが上京し、霞ヶ関の参議院会館で政府・原子力災害対策本部を相手に交渉に臨んだ。ところが、政府はかたくなに「除染をしっかりやっていく」と繰り返すのみだったという。
◆週末だけでも避難
渡利地区の中でも妻が子どもと一緒に自主避難する家庭が増えた。子どもの健康を考え、二重生活に踏み切った人たちだ。守る会の中でも副代表をはじめ、結成時の主要なメンバーが抜け、現在5人。避難したくても夫婦共働きの家庭では渡利地区を離れることができない。せめて週末だけでも県内外に車で「週末避難」に出向く家庭も少なくない。菅野さん家族もそうだ。
「自主避難はもちろん、週末避難する際のガソリン代や宿泊費もすべて自分持ちです。国や電力会社からの補償はありません。経済的にも大変ですよ」という菅野さん。
今でも忘れられない言葉があるという。
「上の娘から『近くにいる。どうせ、よそには(お嫁に)行けないから』と言われたときには驚きました。娘たちも精神的に追い詰められているのです。自分の子どもも守れないのかと思うと辛いですね」
福島市など避難区域に該当しない地域では、放射線量を減らす除染を重点的に行うと政府や自治体は説明している。
菅野さんは除染に対して懐疑的だ。というのも、昨年7月24日にモデルケースとしての除染作業が行われたもの、さほど効果が出なかったからだ。
「渡利の場合は山がありますから雨が降れば汚染水が住宅街の水路を流れることになります。除染はこれから何年も続くことでしょう」という菅野さんはこう言い添えた。「衆院立候補者の討論会を計画しています。安全を軽んじている人には私たちの将来を委ねる気にはなれませんから」
【矢野 宏/新聞うずみ火】