◆謝罪ひるがえす
「全国学校事故・事件を語る会」代表世話人の内海千春さん(53)は、1994年9月、当時小学6年生だった長男の平君(当時11歳)を亡くしている。授業中に担任に質問したことを放課後に確認したところ、「何回言わすねん」と頬を平手打ちされ、そのショックから1時間後に自宅の裏山で自殺したのだ。
自殺直後、教諭は暴行の事実を認め、内海さん夫妻の前で「私の責任です」と土下座して詫びた。校長も「担任の取った言動は人間として許されない。教師によるいじめだ」とまで言ったにもかかわらず、葬儀が終わると、「あれは(両親に)言わされたものだ」と弁明するなど、その態度は豹変した。
事件の1カ月後、学校側は「管理外の事故死、原因状況不明」という死亡事故報告書を市教委に提出。それを受けて、当時の教育長が記者会見で「体罰の事実は認めるが、自殺との因果関係は不明」と述べている。
「なんで平が死ななければならなかったのか。原因を知らないと、その死を受け入れられない」と、内海さん夫妻は神戸地裁姫路支部に提訴。2000年1月31日、「自殺は、感情のはけ口を求めた教諭の単なる暴力が引き金になった」と、市に3792万円を支払うよう命じる判決が下された。
桜宮高の体罰について、内海さんはこう語っている。
「教師の体罰による子どもの自殺は多くが表に出ないままなかったことにされている。何があったのか、実態解明なしに再発防止はできません。事実と向き合うことが亡くなった生徒の命と向き合うこと」
◆事件前の発言
今回の体罰を許した背景には何があるのか。
大阪では公立高といえども定員割れが続くと予算を削られ、廃校になる。知名度を上げるため、力のある運動部の顧問には管理職もきちん指導できなかった。
さらに、橋下市長自身が体罰を奨励していた事実を忘れてはいけない。
知事時代の08年10月、堺市で開かれた大阪の教育を考える府民討論会で、「口で言って聞かないと手を出さないとしょうがない」と発言。
昨年10月には市教育振興基本計画策定有識者会議で、教師の体罰について「胸ぐらをつかまれたら放り投げるくらいまではオッケーだ」というような市独自の指針をつくるべきとの考えを示している。体罰は学校教育法で禁止されているにもかかわらず、だ。
その橋下市長が、桜宮高の体育科・スポーツ健康科学科の入試中止、バスケ・バレー両部の無期限活動停止を打ち出した。さらに、「こんな学校を卒業したらダメな人間になる」とか、「部活を続けたいという桜宮の生徒や保護者は人間としてダメだ」などと、まさに言いたい放題。橋下市長自身が生徒や保護者たちをいじめる側に回っていると言っても過言ではない。これでは亡くなった男子生徒も浮かばれないのではないか。
最後に、私の体験も記しておきたい。
私も高校3年生のときに体罰を受けた。「成績表を忘れた者、立て」と担任に言われ、私を含めて3人の男子生徒が立った。うち一人が照れ笑いを浮かべたのを見咎めた担任はなめられたと思ったのか、「前に出て来い」と怒り、一人ひとりの頬を平手で殴った。
そのときの担任の憎しみを浮かべた目を、35年たった今でも忘れることができない。
10年後、私は当時1歳だった幼子の頬を平手打ちした。朝、保育所へ連れて行こうとしたとき、おもちゃを出して遊びだしたというのが理由だった。きっと、息子の瞳には私の憎しみのこもった目が映ったに違いない。
やはり、体罰は暴行である。そこには愛情はない。
【矢野宏/新聞うずみ火】