オーダーメード婦人服のブティック「クイーン」を営む阿多澄夫さん(64)は原告の一人。「地獄ですよ」と現状を表現する。
阿多さんはアスタ1番館の店舗を神戸市から2400万円で購入した。しかし、2年前のリーマンショックが決定的になり、廃業を決めた。
ローンは1500万円残っている。店の維持費も月100万円あまりかかる。店舗を売るか、貸すかの決断に迫られ、不動産屋に相談したところ、「歩道に面した1階ならともかく、2階ということを考えると難しい」と告げられた。
「売りたくても売れないことを知り、頭の中が真っ白になりました」
さらに、神戸市が地元の劇団にタダに近い家賃で貸していることも判明した。約50%を占める保留床の売却がほとんど進まない。賃貸に出しても借り手がなく、家賃のダンピングが行われていたのだ。しかも内装工事費まで補助していたという。
こうしたデタラメな運営の結果、再開発ビルの床には価格がつかなくなった。
阿多さんの中で復興事業に対する疑問が膨らんでいったという。「売れないものを買わせたのではないか」。提訴に踏み切った理由をそう振り返る。
人の流れも少なくなり、売り上げも上がらない。高い管理費と固定資産税、購入時のローンの返済に耐えきれず、店をたたむ所有者も出てきているという。「アスタ」とは「あすのタウン」をもじった名前だが、皮肉なことに、明日が見えない町になっている。
◆市は誰の味方か
裁判を起こす一方、阿多さんら1番館南棟では、区分所有法に定める管理者を「まちづくり会社」から自分たちに変更して別の民間管理会社に委託するための集会を開いた。ところが、人数的には9対2で可決するものの、空き床を所有する神戸市の反対で4分の3の議決権が得られず、規約改正はできなかった。
「一体、神戸市は住民か会社のどちらの味方なのか」と、阿多さんは憤る。
1階で開業していた店舗はシャッターが下ろされていた。お袋の味が評判だった老舗の「福助」。老いた母を息子が助け、のれんを守っていたが、震災から18年を前にして店を閉じていた。
開発的復興の犠牲者が一人、また一人と生まれている。まさに復興災害である。
【矢野宏/新聞うずみ火】