立岩陽一郎(ジャーナリスト)

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【連載開始にあたって編集部】
新聞、テレビなどマスメディアの凋落と衰退が伝えられる米国。経営不振で多くの新聞が廃刊となりジャーナリストが解雇の憂き目にさらされるなど、米メディアはドラスティックな構造変化の只中にある。 いったい、これから米国ジャーナリズムはどこに向かうのか。米国に一年滞在して取材した 立岩陽一郎氏の報告を連載する

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第2章 非営利ジャーナリズムの夜明け
◆The Buying of the President

「The Buying of the President」。
直訳すると、「大統領の購入」。邦題としては、「買われる大統領」となるのだろうか。1996年に出されたこの書物は、ルイスの代表作と言っても良い。大統領選挙に流れる資金を分析し、どのように大統領が作られるかを明らかにした。

本は、大きな反響を呼び、2000年版、2004年版と大統領選挙毎に内容を刷新して出版されている。
「Before you vote, find out who's really bankrolling the candidates-and what they expect in return」
(投票する前に、誰が候補者を財政的に支援し、何を見返りとして期待していたかを知ろう)
「This is the book you must read before entering a voting booth」
(これは投票する前に読まねばならない本だ)

2000年版、2004年版の表裏にそう書かれたこのシリーズは、ルイスの目指す調査報道をつまびらかにしてくれる。それは徹底した公開情報の入手とその分析だ。
シリーズの最後となった2004年版からその内容を見てみたい。大きな一覧が目につく。共和党、民主党が得ている寄付の状況だ。それぞれトップ50という形で掲載されている。

共和党への献金額が最も多いのはたばこ会社のフィリップ・モリス。日本でも知られている企業では、巨大通信企業のAT&Tが5位、マイクロ・ソフト社も8位に入っている。17位には、全米ライフル協会が入っている。

一方、民主党は圧倒的に労働組合からの寄付が多いことがわかる。1位は自治体公務員の組合だ。日本でいうところの自治労だろう。伝統的に民主党の強固な支持基盤と言われる教職員組合は7位に入っている。フィリップ・モリスも民主党に寄付しているが、38位だ。その金額は共和党への4分の1程度に落ちる。

こうして見ると、共和党がたばこ規制に積極的になりにくいことや、銃規制に否定的にならざるを得ないことがわかる。一方、民主党は公務員改革や公教育改革にメスを入れにくいことが推察できる。

この寄付の一覧は情報公開によって得られた情報を整理して掲載したものだ。これがルイスの調査報道だと言える。これは、従来言われてきた調査報道とは異なる。例えば、ニクソン大統領を追い込んだワシントン・ポストの調査報道には、「ディープ・スロート」と称した政府高官(後にCIAの高官だったことが判明)などが登場する。ワシントン・ポストのボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインはそうした情報源に接触する中で真実に迫った。

日本でも調査報道と言うと、人心掌握術を駆使するなどの手練手管で情報を入手して行うようなイメージが強い。この為、大手新聞社などで政府高官と親しくなった記者が得た内部資料などを基に調査報道が展開されるケースが多い。

ところが、ルイスの調査報道はそうではない。情報源の有無は関係ない。適切な言い方が見つからないが、敢えて言えば、誰でもできる作業と言えるものだ。
同書の中に、現職で2期目を狙うジョージ・ブッシュ大統領についても寄付の一覧が掲載されている。エンロン、メリルリンチ、クレディスイス、ゴールドマンサックスなどウォール街の主役たちが彼の資金源であることがわかる内容だ。

一瞥すれば、ブッシュ大統領がウォール街を敵に回すような政策をとれる筈がなく、金融機関への公的資金の導入の背景に、こうした事情が有るだろうことが理解できる。

この情報は如何に得たものか。同書はそれを記載している。連邦選挙委員会(Federal Election Commission)、内国歳入庁( Internal Revenue Service)、テキサス倫理委員会(Texas Ethics Commission)。これらの機関がルイスらの情報公開の求めに応じて出した資料から情報を拾い出したということだ。つまり、全て公開情報をもとに書かれた記事であり、本であるということだ。

この情報公開制度をアメリカ人は、「フォイア」と呼ぶ。英語で書くとFOIA。Freedom of Information Actの略だ。今、FOIAはインターネットで各省庁と直接やり取りができるほど便利になっている。

勿論、無料ではないのでクレジットカードの番号を登録する必要は有るが、オンライン上で手続きをすますだけで、官公庁に足を踏み入れることなく情報を入手することができる。

勿論、そのルイスがCPIを設立した20年前はこれほど便利なものではなかった。この為、ルイスは、CPIを設立する場所はワシントンDCを置いて他に無かったという意味のことを話している。

「私にとって調査報道とは政治と金の追及で有り、大企業の不正を追及することだ。そうした情報はどこにあるのか?それが首都ワシントンDCであることは自明だった」
そしてルイスは、前回紹介したホワイトハウスから近い官庁街の古びたビルにオフィスを構える。ルイスと彼のスタッフはFOIAで得た情報に肉付けをして書物にまとめていった。その内容は、大手メディアにも掲載されるセンセーショナルなものになっていった。

消費者問題の有力なロビーストとして知られるルイスの妻で弁護士のパメラ(Pamela Lewis)は、当時のルイスについて次のように話した。
「ある日、ワシントン・ポストに、The Buying of the Presidentとチャックについて写真付きで大きく報じられていて、いったい、この人は何者なの?と驚いたの。

と言うのは、私たちが消費者問題で何度記者会見を開こうと、ワシントン・ポストに記事が載るなんてことは滅多に無かったですもの。そして記事を読むと、その内容も凄かったので余計に驚いたわ。そして、興味を持って会いに行ったの。それが彼との最初の出会いだったの」

チャックとはチャールズ・ルイスの愛称だ。ルイスのことを、夫人は勿論、同僚から先輩、後輩、教え子まで、誰もがチャックと呼ぶ。余談だが、前回紹介した当時8歳の娘とは、大学時代から付き合っていた前妻との間にできた子供だ。パメラとルイスはその後、ジャーナリストと消費者問題のロビーストとして付き合いを始め、その後、結婚に至っている。

CPIでのルイスはスタッフをフルに使って関係機関に情報公開請求を行い、その結果をまとめては記者会見を開いたという。そしてそれはワシントン・ポストやネットワーク(大手民放テレビ局)に取り上げられることで、認知度を高めて行った。

それはCPIに若く有能なジャーナリストを惹きつけて行くことになる。そうした若者の中には、現在、CPIの編集局次長(Managing Editor)を務めるジョン・ダンバー(John Dumber)や現在はルイスが代表を務めるIRW(アメリカン大学調査報道ワークショップ=American University Investigative Reporting Workshop)でエディターを務めるマーガレット・イブラヒム(Margaret Ebrahim)がいる。
(続く)

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