立岩陽一郎(ジャーナリスト)

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【連載開始にあたって編集部】
新聞、テレビなどマスメディアの凋落と衰退が伝えられる米国。経営不振で多くの新聞が廃刊となりジャーナリストが解雇の憂き目にさらされるなど、米メディアはドラスティックな構造変化の只中にある。 いったい、これから米国ジャーナリズムはどこに向かうのか。米国に一年滞在して取材した 立岩陽一郎氏の報告を連載する

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第2章 非営利ジャーナリズムの夜明け

◆非営利ジャーナリズムとは1
CPIを別の人間に委ねた後、ルイスはハーバード大学ケネディーセンターでフェローとして過ごしている。そのマサチューセッツ州の由緒正しい大学の研究機関で、自身が立ち上げたCPIについて、そのビジネスモデルの研究を論文にまとめている。2007年4月に出たその論文のタイトルは「The Growing Importance of Nonprofit Journalism」。

「Nonprofit journalism」。Nonprofit・・・非営利、日本でいうところのNPOによる報道機関の研究だ。
この論文については後に触れたいが、実はここで、この連載は初めて本題に入ることになる。私がルイスについて興味を持ったのは、彼がアメリカで新しい形の調査報道を実践しているということだけではなく、彼が新たな報道機関(メディアと言っても良い)の形態を提示した人物だったからだ。それが、nonprofitつまり非営利によるジャーナリズム団体の設立だった。ルイスが全米のジャーナリズム界で名を知られる理由はまさにそこにある。
CPI、そして現在のIRW。ルイスが始めた非営利ジャーナリズムとはどういうものなのか?

まず非営利ジャーナリズムの定義に触れておく。それは非営利団体でなければならず、その設立の為には非営利団体として認定される必要が有る。認定を行うのは、それぞれの団体が本拠を置いている州だ。州の州務長官室(Secretary of State)か法務長官室 (Attorney General)が手続を行う。

しかし州政府から認定を受けただけでは、非営利ジャーナリズムは実質的な活動ができない。人件費を含め様々な取材経費を賄う為に寄付を得なければならないからだ。その寄付を得る為に必要なのが、IRS=内国歳入庁(日本の国税庁に相当)の免税措置だ。これはIRSの税規定(tax code)に基づいたものだ。

その規定の501条C3に該当する必要がある。一般に「ファイブオーワン・シースリー」と呼ばれるこの規定に該当すれば、その団体の連邦所得税や自治体税が免税される他、その団体に寄付をした者も免税措置を受けられる。非営利ジャーナリズムとして活動しているところは、全てこの免税措置を得ている。

規定には次の様に書かれている。
「免税措置を受ける為には501(C)3の4条に規定された免税理由に該当する必要が有る。そして、収入は一切が、株主や個人の為に利用されてはならない。また、団体は運動団体であってはならない。例えば、行政に働きかけを行う事を目的としていたり、政治家を支援したり或いは攻撃したりするキャンペーンに参加してはならない。基本的には慈善団体を対象としている。その団体は民間の利益の為に活動するものであってはならない。団体の総収入は株主や個人の利益になってはならない。もし団体が、その団体に影響力を持つ個人に余剰利益の転換を行う場合は、その人物とその転換に合意した団体の幹部は課税される」

今、非営利ジャーナリズムがアメリカにおいて大きな存在になろうとしている。CPIやニューヨークに本部のあるプロ・パブリカは大手メディアを凌駕する取材力を持ち始めている。その数は、ルイスのIRWが調べたところ、2010年11月現在で全米に60の非営利ジャーナリズムが存在した。その数字は、2011年5月の調査では、さらに75に増えている。

多少混乱するかもしれないが、非営利ジャーナリズムのモデルはかなり古くから存在した。最も古いものは、1908年にボストンに創設されたクリスチャン・サイエンスモニターだ。ボストンに本部を置くキリスト教団体(The First Church of Christ, Science)がキリスト教の平和主義に基づく国際報道を行う為に作った新聞だ。しかし、クリスチャン・サイエンスモニターは、1つの宗教団体が作ったという意味で、ルイスらの作った非営利ジャーナリズムと同列に論じることはできない。また公共放送のPBSとNPR、それに通信社のAPも、広義には非営利ジャーナリズムに位置付けられる。ただ、何れも社会の要請に基づいて作られた公的機関としての意味づけが強い。

ルイスの言う非営利ジャーナリズムが始まりを告げるのは、クリスチャン・サイエンスモニターの誕生からほぼ70年後の1977年。ロウ・バーグマンがカリフォルニア州バークレイにCenter for Investigative Reporting(以後、CIR)を作る。ロウ・バーグマンが映画「インサイダー」で描かれたCBSテレビのプロデューサーであることはこれまでも何度か触れている。但し、CIRは記者を雇用する形態はとらず、テーマを設定して学生やフリーランスの記者を集めてプロジェクトを行うというものだった。今は地域に根付いた西海岸きっての調査報道専門メディアとなっているが、当時は調査報道記者バーグマンの個人プロダクション的な色彩が強かった。

そして1989年にルイスがワシントンDCにCPIを創設(正確な所在地はバージニア州)。このルイスのCPIが非営利ジャーナリズムの元祖と見られるのは、ジャーナリストが非営利組織を作って記者を雇用し、調査報道を実践する形式をとった最初の形と言えるから
だ。

CPIが活動を始めて直ぐに各地で非営利ジャーナリズムが沸き起こったわけではない。それが急激に広がりを見せるのは2005年以降だ。まず2005年に3つの団体がワシントン州、コネチカット州、カリフォルニア州にでき、翌年にはワシントンDCに2つ、ニューヨークに1つできる。2007年には4つ、2008年には6つ誕生する。CPIを辞めてハーバード大学にいたルイスがアメリカン大学に招かれてIRWを作ったのはこの年だ。プロ・パブリカの誕生も2008年だ。そして翌2009年には17もの非営利ジャーナリズムが生まれる。そして2010年には新たに5つが生まれている。判明した非営利ジャーナリズムの半数以上の35が、2005年以降に生まれている事になる。

これは何を意味しているのか。当然、非営利ジャーナリズムの誕生と新聞、テレビといった主要メディアの規模縮小とリンクしたものだ。2008年のリーマンショックがその状況に追い打ちをかけたことは記憶に新しい。

ルイスには先見性が有ったのか?ルイスは、CPIを作った時に、新聞やテレビが経済的な苦境に陥ると予想していたのか?彼は笑いながら答えた。
「そんな先の動きを予見する能力は私には有りません。ただ、私は調査報道をやる環境が商業的なメディアから消えつつあることを既に感じ始めていました。結局、商業的なメディアにとっては、経済的な理由の遺憾を問わず、様々な要因から調査報道を行うことは容易ではないということなのです。ですから、私は自分で新たなメディアを行う時、nonprofit(非営利)しか考えませんでした」。(続く)

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