「日本人拉致は、世界にもうすっかりばれた問題。たかが十数人だし、とっとと返して国交正常化に進んで賠償金もらう方が得(※実際は賠償的性格の経済協力)。そんな考えが広がっていて、上層部をしきりに説得している。今、朝鮮は石炭など一次産品を中国に輸出して外貨を稼いでいるが、安く買い叩かれているとの思いが強く、輸出先を広げたい。日本と関係改善して商売できるなら、拉致にこだわるべきではないのは当然だろう」
拉致にこだわらず、実利を追求しようという姿勢だが、これは経済的には合理的な考えだと言える。
拉致問題が「金正日案件」でなくなったことで「重し」が外れたことを想像させる。
この他にも昨年は経済面での規制緩和の兆しがいくつか見えた。ひとつは中国への出国者の増加である。北朝鮮と国境を接する遼寧省の丹東市には、北朝鮮の貿易関係者の姿が急増している。皆金日成バッジをつけているので一目でわかる。
「居住する北朝鮮人は一万超とも言われている。北朝鮮人相手の旅館や食堂も繁盛している」と丹東に住む中国人の取材協力者は言う。
昨年七月からは中国に親戚を持つ人の出国が二年ぶりに許可された。この人たちは親戚から支援をもらい、また数か月働いて貯めた人民元を持ち帰る。一種の出稼ぎだ。最近外国人が北朝鮮に携帯電話を持込むことが許容されたと報じられたが、これについて前出の北朝鮮の貿易関係者は
「中国のビジネマンの強い要求があったからだと思う」
と述べた。
こうした「ちょっぴりの緩和」措置が今後も続くのか、またそれを経済面での「脱金正日」への動きだとと解していいのか、判断は時期尚早だ。金正恩政権は「金正日の遺訓を徹底して守る」ことを繰り返し強調しているが、とても気になる動きである。
ただ、金正恩体制の核実験強行によって、日朝協議が進む雰囲気は吹き飛んでしまった。仕切り直しまでには相当な時間が必要だが、再開の際に「ポイント」が後退しないよう、日本側は「核とは別に拉致問題は前に進める」というサインを送り続ける必要があると思う。
【石丸次郎】