立岩陽一郎(ジャーナリスト)

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【連載開始にあたって編集部】
新聞、テレビなどマスメディアの凋落と衰退が伝えられる米国。経営不振で多くの新聞が廃刊となりジャーナリストが解雇の憂き目にさらされるなど、米メディアはドラスティックな構造変化の只中にある。 いったい、これから米国ジャーナリズムはどこに向かうのか。米国に一年滞在して取材した 立岩陽一郎氏の報告を連載する

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第2章 非営利ジャーナリズムの夜明け
IRWは毎週火曜日、全体会議を開いていた。ルイスが司会を務め、エディターや記者、テレビ・ディレクターの他、大学院の学生も参加する。そこで各自が取り組んでいる取材について進捗状況が発表し、みなで意見を出し合う。詳細にまで踏み込んだ説明は避けている部分も有ったが、全般的に自由な意見交換の場となっていた。
ルイスが各自に進捗状況を説明するよう促す。指名されたダンバーが現状を報告。通信会社が顧客を欺いていることを示す証拠を入手したことを告げ、その詳細を説明した。
「本当か、それは?」

ルイスも驚きを隠さなかった。楕円形のテーブルの方々から称賛の声が上がった。テレビ・ディレクターのキャサリン・レンツ(Catherine Rentz)が発した言葉は、恐らくその場にいた誰もが思ったことだろう。
「それって、私の家のネットの本当の通信速度もわかるの?」
答えは「Yes」だ。しかし、さすがにその場で「私の家をチェックしてくれない?」と頼んだ人はいなかった。

ダンバーとルイス
ダンバーとルイス

 

ダンバーの報告を受けて、ルイスは、大手メディアとの提携を検討するよう指示した。これは、前述の通り、IRWで頻繁に行われていることで、報道と同時に提携先の大手メディアにも取り上げてもらうというものだ。

こうした提携は多くの非営利ジャーナリズムが実践している。知名度で劣る非営利ジャーナリズム にとっては、大手メディアを利用することで自身のサイトへの接触数を伸ばすことにつなげられる。また、大手メディアから提携料が支払われるケースもある。大手メディアにとってのメリットは、取材費をかけずにライバル社にないニュースを出すことができるということになる。

ダンバーのニュースはワシントン・ポストと提携することになった。実際にはどのような形で提携は進むのだろうか。後日、ワシントン・ポストとの打ち合わせから戻ったダンバーに尋ねた。

「エディターと担当の記者と話をしてきた。先方も乗り気だ。担当の記者はAP時代から知っていた女性で、話は早かった」
「今後の取材は共同で行うのか?」
「いや、際の取材は私が進める。その記事をワシントン・ポストに提供する。ただ、FCC(=連邦通信委員会)などへの取材は彼女が行い、その取材内容は私にも提供される」

「記事は、あなたが書いた通りに掲載されるのか?」
「それはワシントン・ポストに編集権が有る。だから、向こうのエディターが判断する。ただし、IRWの名称と私の名前は掲載される。勿論、IRWの方にも、ワシントン・ポストとの提携の事実と、担当記者の名前は掲載される」

FCCの取材はワシントン・ポストが行うという点は、非営利ジャーナリズムの現状を示していると言えるのかもしれない。FCCのような公的機関に対して、まだ非営利ジャーナリズムは十分に取材できるという状況にないというのが印象だ。IRWを含めた多くの非営利ジャーナリズムは、公的機関から「メディア」として認知されるにはもう少し時間がかかりそうだ。この点は、後述したい。

ダンバーの記事は私が帰国した直後、IRWとワシントン・ポストの両方のウエッブサイドに同時に掲載された。ワシントン・ポストからIRWに対しては記事の提供について支払いがなされたという。

ダンバーの記事は評判を呼び、ある雑誌が彼に取材経緯を書くよう依頼してきた。その雑誌は、コロンビア大学ジャーナリズム大学院が発行するコロンビア・ジャーナリズム・レビュー(Columbia Journalism Review)。米国のジャーナリストにとって執筆を求められることが栄誉とされているメディア系の専門誌だ。

ダンバーの給与はどのように支払われているのだろうか。尋ねると、ダンバーから、「金の話はしたくない」と言われた。大柄で強面のダンバーから吐き捨てるようにそう言われると、こちらも何も言えなくなってしまう。お金の話というのは、古今東西、取材者にとっては最も尋ねにくく、また聞かれる側も、最も話したくない内容の1つだろう。

しかし、どのように非営利ジャーナリズムが成立しているのかを考える上では、必要な情報だ。困った顔をしていると、「仕方ないなぁ・・・」という表情で、「一回だけ教えてやる」と言って説明してくれた。

「俺は、IRWから給与を貰っているが、それはアメリカン大学から貰っているわけではない。でも、それは代表であるチャック(=チャールズ・ルイス)から貰っているかと言えば、そうでもない」
大学の機関であるIRWから給与を貰っているけど、大学から貰っていない。しかしIRWの代表であるルイスから貰っているわけでもない・・・からかわれているのかと思ったらそうではなかった。

ダンバーの取材そのものが1つのプロジェクトとして、寄付から成り立っているということだった。ある大手の財団(Foundation)から寄付を得たのだという。それはIRWの収入となるが、それはダンバーの取材に限定して財団から得ているのだという。その資金の中からダンバーの給与も取材費も支払われる。の使途は厳密にして明確でなければならず、寄付者である財団に対して細大漏らさぬ報告をしなければならない。

このダンバーの例が概ね、非営利ジャーナリズムが機能している仕組みと見て良い。取材者は自分が取材したい内容を提案書にまとめ、寄付してくれそうな財団に持ち込む。

財団はその内容が寄付するにふさわしいか否かを審査し、寄付するにふさわしいと判断されれば資金を拠出する。その資金から一定額が取材者の給与として支払われ、その他の経費なども賄われる。寄付は取材者が属する非営利組織の予算に組み入れられるが、財団に提出された提案書と異なる使い方は認められない。
この点についてはIRWのマネジメントについて説明する中で詳しくまとめたい。

ダンバーは今、古巣のCPIでマネジング・エディターを務めている。プロジェクトが終わったことで、古巣に戻ったということだ。組織によって多少異なるが、マネジング・エディターとはナンバー2の幹部職だ。

ダンバーにはAP通信記者だった経歴は有るが、ジャーナリストとしての実績はCPI とIRWでのものが目覚ましい。そういう意味では、非営利ジャーナリズムの生え抜きと言って良い。従来、大手新聞社や放送局で実績を上げたジャーナリストが就いていたCPIの幹部職にダンバーが就いたことは、今後の非営利ジャーナリズム全体にとって重要な意味を持つ。非営利ジャーナリズムは、従来のメディアでの経験則から切り離され、独自の発展を遂げる可能性を持ち始めたのだ。

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