◆賠償金の格差が分断に拍車
「避難勧奨『地点』を『地域』に見直せ」――。指定から1カ月後の7月下旬、小国地区の住民たちはバス3台を連ねて国へ直訴に乗り込んだ。経産省、文科省、東電。大人たちはムシロ旗、子どもたちも「お外で遊びたい」などと手書きした画用紙を掲げた。妊婦や子どものいる世帯を優先的に避難させることも切実な要求だった。
しかし、どちらの願いも聞き届けられなかった。
それどころか、さらなる楔が打ち込まれる。賠償の格差だ。指定を受けた世帯は、他の避難区域の住民と同様、精神的な損害賠償として東電から一人月10万円が支払われるようになった。避難の有無は問わない。医療費の一部免除や、国民年金保険料の減免もある。一方、指定を受けなかった世帯は一人一括8万円(妊婦と18歳以下の子どもは40万円から60万円)の賠償金が支給されるだけ。税の減免もない。
指定を受けた世帯も、自ら望んだわけではない。それでも「新車に買い換えていた」「夏休みに家族でハワイに行ったらしい」「スーパーで贅沢な食材を買っていた」などの噂が飛び交い、地域の中は次第にギクシャクしはじめた。
◆「二重生活」 負担重く
下小国地区で工務店を営む秋葉良典さん(40)が小国地区の放射線量が高いことを知ったのは原発事故から2カ月後。家の中を計測すると、毎時1マイクロシーベルト。自然界の放射線量の10倍以上の数値だった。それでも秋葉さん宅は指定を外れた。
「すぐにでも子どもたちを避難させたい」という妻と話し合いを重ね、昨年4月から妻と中学1年の長男、小学4年の長女を愛知県に自主避難させた。前年、つまり震災の年の夏休み、愛知のボランティアグループが小国小の子どもたちを受け入れてくれたのがきっかけだった。
「小国小は福島県内で2番目に除染し、汚染残土はグラウンドに穴を掘って埋めています。鉄筋コンクリートの教室内で毎時0.2マイクロシーベルト。学校側は安心だと言いますが、通学路などは手つかずですから」
実際、校門近くで計測すると毎時0.83マイクロシーベルト。側溝にガイガーカウンターを近づけると毎時2.05マイクロシーベルトにまで上昇した。震災当時57人が在籍していた同校。地区内には就学年齢のこどもが7人いるが、新入生はゼロになる可能性が高いという。
指定世帯の児童は全体の3分の1。それ以外の大多数の家族は、ここに留まるか、自主避難かという選択を迫られ続けてきた。
秋葉さんは仕事の都合で母親と自宅に残り、家族離ればなれの「二重生活」を強いられている。まもなく1年。毎月1回、多い月には3回ほど、自家用車で愛知へ向かう。片道650キロ、車で10時間。高速道路代が片道1万3000円。愛知での家賃、生活費などを合わせると毎月10万円が消えていくという。妻は「家を建てて毎月10万円のローンを支払っていると思ったらいい」と言ってくれるが、経済的負担はかさむ一方だ。もちろん、指定を受けていれば高速代も家賃も無料になる。
地域に根ざして仕事をしてきた3代目。「ここに家を建ててもいいの?」。そう問われ、顧客の背中を押すことができないことも、秋葉さんには辛いという。
【矢野 宏、栗原佳子】
(続く)
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