◆イラン正月「ノウルーズ」(下)
国営テレビではカウントダウンが始まる。3、2、1、そして国歌が流れると、画面には「新年おめでとう」の文字が躍る。太陽が春分点を通過し、新年が幕を開けた瞬間だ。
年明けとともに、若者はお祝いのショートメッセージを一斉送信し、大人たちは電話をかけ始める。かける相手は、まず自分の両親、兄弟、次に親族の最年長者・・・・・・。年長者の家では電話が鳴りっぱなしになる。
ノウルーズの飾りつけ「ハフトスィーン」。各家庭で趣向を凝らしている。年長者としては、元旦の最初にかかってくる電話は、自分の子供や孫からであってほしい。それが遠い親戚からの電話だったりすると、新年早々ひどくがっかりする。そういうことにならないよう、年明け前に、子供や孫に真っ先に電話をかけてよこすよう言い含めておく年寄りもいるという。
電話回線がようやく落ち着きを取り戻す頃、ノウルーズの恒例行事、年初回りが始まる。親族や親しい友人の家を訪問し合うものだが、これもまず両親や祖父母など年長者の家を訪問することから始める。
私たち夫婦もノウルーズ2日目から、家族ぐるみでお付き合いしている友人宅への訪問を開始した。
年初回りにアポイントメントは要らない。もし訪ねた先が不在ならば、小さな置き手紙をポストに入れておけばいい。イランでは、冠婚葬祭がなくても親族が顔を揃える機会は年に何度もある。両親や本家筋の最長老でもない限り、ノウルーズに必ず顔を合わせなければならない訳ではない。置手紙を残すことで、訪ねたという義理は通せるし、次の訪問先に急ぐことも出来る。
私たち夫婦が最初に訪ねたのは、ムハンマドさん一家だ。これまで多くの場所に連れて行ってくれたり、親族の集まりにも招いてくれたりして、家族ぐるみの付き合いをさせてもらってきた。私たち夫婦の訪問をとても喜んでくれた。
新年の来客へのもてなしは、ほぼ形式化している。まず、グラスに注がれたチャイが、子供たちの手で運ばれてくる。そして果物を盛った皿や、ナッツ類を盛った皿が運ばれてきて、自分の好きな量を小皿にもらう。他の客人の手土産のケーキ類や、ノウルーズ用の菓子折りも運ばれてくる。
一通り歓談すると、客間に陣取る男性陣を残し、女性陣は奥の部屋かキッチンに消える。妻もさっそくキッチンでお茶入れなどを手伝う。サモワールからのチャイの入れ方も初めて知る。じっくりと蒸らした濃いチャイに、熱湯を注いでチャイを注ぐこと。
お客さんには濃い目のチャイを出すのが礼儀なこと。果物皿には必ず果物ナイフを一人ずつ添えること。来客用にどのような果物や茶菓子を、どのような食器で出すべきなのか。そうしたことを、妻はノウルーズの年初回りで何軒もの家のキッチンに上がりこみ、手伝いをしながら覚えた。
そこにはステレオタイプと言えるほどの明らかな共通性があり、それこそがイランのもてなしの流儀だったが、そこにわずかな差異、その家独自の趣向を見出すことは、妻にとって楽しいことだった。例えば、チョコレートにかなりお金をかけている家もあれば、来客用に小さなプレゼントを用意している家もあった。食器の様式は同じでも、趣味は様々だ。
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