東京電力福島第一原発事故の発生から3年目。福島県の県央部「中通り」を、5月上旬、駆け足で回った。2カ月半ぶりに伊達市霊山町(りょうぜんまち)の小国(おぐに)地区も再訪した。古くからの地域社会を分断した「特定避難勧奨地点」の指定はこの3月末に事実上解除され、市は「放射能に負けない宣言」をうたっているが、放射線量は依然として高いままだった。(新聞うずみ火 矢野 宏、栗原佳子)
里山に霞がたなびき、桃や山桜のピンク色が新緑に映える。車窓に映る風景は、幼い頃に見たアニメ『日本昔話』の中に迷いこんだようだ。2カ月半前、小国地区を訪ねたときは所々に雪が残っていたのに、いまは春爛漫の季節を迎えている。
しかし、のどかな風景とは裏腹に、突然、ピッピッというガイガーカウンターのアラーム音が鳴り始めた。通常の年間積算線量である1ミリシーベルト(毎時0.23マイクロシーベルト)に設定しているが、「0.42」「0.44」とみるみるうちに数値が上がっていく。もちろん、レンタカーの窓は締め切っている。
■ 田植えシーズン悲し
小国地区は420世帯、1300人あまりの山間の集落で、上小国と下小国に分かれている。福島第一原発からは北西へ直線距離で50キロ。事故直後、発生した放射能雲がみぞれ雨を降らせ、ホットスポットになった。西隣には福島市内でも放射線量が高い大波地区があり、全村避難した飯舘村は山一つ隔てた南東側に位置する。
「今の時期は田植えの時期だから、いつもの年ならこんな悠長なことはしてられないよ」
小国地区復興委員会・委員長の大波栄之助さん(79歳・上小国)は、こたつで背中を丸めていた。
小国地区は昨年、米の作付けが禁止されたが一転、今年は解禁となった。だが、地区内の放射線量は依然として高い。今年米を作る農家は1割にも満たないのではないかという。
「作ったとしても、福島の米を誰が買ってくれますか。かわいそうにと買ってもらったとしても食べてもらえるかどうか。結局、農協などに安く買い叩かれて手間賃も出ないというのでは、作ろうとは思わないでしょう」
震災前は丹精した米を都会の消費者と直接契約で販売していた大波さんだが、今年も稲作をあきらめた。
「米を作らないと、田んぼも機械も傷んでしまいます。このままでは、小国の農業は崩壊しかねません」
小国地区の住民は、政府による「特定避難勧奨地点」の指定の有無をめぐり、翻弄されてきた。年間積算放射線量が20ミリシーベルトを超えると推定される場所を住居単位で指定するもので、小国地区では3割が対象になった。ちなみに、20ミリシーベルトは労働基準法で18歳未満の作業を禁止している「放射線管理区域」の6倍に相当する線量である。にもかかわらず、避難は強制ではなく、住民の判断にゆだねられた。
指定方法もずさんで、線量測定は1回だけ。それも比較的線量が低い玄関先と庭先の2カ所だけだから、隣同士でも指定の有無が分かれることになった。さらに、指定された世帯には、他の避難区域の住民と同じように、精神的な損害賠償として東電から月に1人あたり10万円が支払われたため、住民間にあつれきが生まれた。集落の伝統行事すらできなくなるほどだった。
大波さんら非指定の住民たちは今年2月に国の原子力損害賠償紛争解決センターに対し、指定世帯と同じ水準の賠償を東電に求める裁判外紛争解決手続き(ADR)を申し立てた。
「空は一つなのに、同じ住民同士に差別があってはなりません。集落が元のように一つになるための出発点です」
指定によって地域が分断され、精神的苦痛を受けたとして、震災発生日の時点に遡り、和解成立まで指定世帯と同じ1人当たり月10万円を支払うよう求めたのだ。非指定世帯の9割以上が名を連ねた。
(続く)