◆誰と誰が、何のために戦うのか
Q:カミシュリ市の状況はどのようなものでしたか?日本では政府軍対自由シリア軍の戦いのように報じられていますが、実際には、政治的、民族的、宗教的にどのような勢力が存在し、戦っているのでしょうか?

玉本:クルド人が多く暮らすシリア北東部では、クルド人で組織される「人民防衛隊」(YPG)が実効支配を進めており、1万5千人の兵力があります。カミシュリでは6~7割の地域を支配し、そこでは警察、治安部隊の管轄権も握っています。

カミシュリ市の残りの地区は、政府軍が支配しており、YPGとの間で散発的な衝突もあります。ただ政府軍は首都やアレッポなどの主要都市の制圧で忙しく、カミシュリのような地方都市を空爆してまで完全制圧しようとは、現状では考えていないようです。カミシュリ南部には、自由シリア軍(アラブ人・イスラム教スンニー派主体)も進駐しています。自由シリア軍と共闘するアルヌスラ戦線(アルカイダ系・スンニー派)では外国人勢力も存在しますが、市民の支持はあまりありません。

電気は一日にたった一時間。市民は毎晩、懐中電灯の灯りで夕食を囲こみ、電池式のラジオを聴いて戦況を知る。(シリア北東部デレクにて玉本英子撮影:2013年春)
電気は一日にたった一時間。市民は毎晩、懐中電灯の灯りで夕食を囲こみ、電池式のラジオを聴いて戦況を知る。(シリア北東部デレクにて玉本英子撮影:2013年春)

Q:一般市民にも、様々な民族、宗教、政治的趣向があると思います。相互不信や対立はあるのでしょうか。

玉本:シリア政府は、イスラム教シーア派の一派であるアラウィー派で構成され、国内では少数派です。彼らが政権を握っているのは、フランス統治時代に少数派であるアラウィー派住民に権力が与えられたからです。ちなみにアラウィー派はイランのシーア派ほど宗教的戒律は厳しくなく、世俗的な人々です。アラウィー派の市民は基本的に政府支持派といわれています。

シリア国民の8割を占めるのがイスラム教スンニー派のアラブ人です。彼らは、政府に対して反感を持つ人は多いものの、必ずしも自由シリア軍を支持しているとは限りません。

キリスト教徒は全人口の1割ほど。少数派であり弱者であることから、旧来、アサド政権を支持せざるを得ませんでした。そのために現在は自由シリア軍やアルカイダ系武装勢力の標的になることもあります。

クルド人も全人口の1割ほどに過ぎません。彼らは長年、クルド語での学校教育を受けられないなど、2級市民扱いに甘んじてきた部分があります。そのためアサド政権への反感が強いのですが、クルド人で構成されるYPGを皆が支持している訳ではありません。YPGは、外国勢力であるクルド労働者党(PKK)から影響を受けているため、YPGを嫌うクルド人もおり、自由シリア軍を支持するクルド人もいます。

Q:クルド人が多く暮らす地域であれば、同じクルド人であるYPGによる支配と、よそから来た勢力による支配とでは、市民に対する接し方も違うのではないですか?

玉本:そうですね。政府軍よりはマシ、と考える市民は多いです。そもそもYPGの目的はクルド人が多く暮らす地域の自治権拡大なので、支配地域では治安の強化や食糧支援などを積極的に行っています。一方、自由シリア軍はシリア全体を考えていますが、今は湾岸諸国などからの支援を元に、自分たちの支配地域に暮らす市民の食糧支援や、電気供給などもはじめています。

しかし、戦闘になって家が破壊されるなどで、住み慣れた町を出なければならなくなった国内、国外避難民は全人口の3割にも達します。彼らに言わせれば、「市民のことを考えている勢力などどこにもいない」ということになるのです。(続く)

玉本英子インタビュー(下)>>

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<玉本英子のシリア報告>1 北東部の支配固めるクルド勢力 (全25回)

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