◇ビデオカメラが捉えた飢える兵士
金正日政権は、軍隊を最優先にし、軍隊を中心に体制運営をして行こうという「先軍政治」を掲げていた。金正恩氏を後継者に決めた新体制も、この「先軍路線」の継承をするとしているが、肝心の兵士たちが飢えに苦しんでいる。軍隊に栄養失調が蔓延しているというのは20年以上も前から指摘されてきたことであり、その証言と報告は枚挙にいとまがない。北朝鮮では「軍に入隊することは飢えること」というのが社会常識になっている。なぜなのか?その実態と構造を報告する。
栄養失調で護送される工兵の一団
取材:ク・グァンホ 整理/解説:石丸次郎
まずは人民軍兵士たちを撮った写真(1-9)を見ていただきたい。窪んだ目は虚ろで、焦点も定まらないように見える。頬骨は浮き出て、細い首で何とか支えている頭は、彼らには重過ぎるように見える。軍服はぶかぶかだ。何人かはすっかり虚脱してしまい、うつむいたまま全く動かない者もいる(写真2、3)。
この映像が撮影されたのは2011年7月、場所は平安南道のある街。市場にほど近い広場に、10数人の兵士がたむろしているのを、たまたま付近を通りかかったク・グァンホが目撃し、小型ビデオカメラをセットして隠し撮りを敢行した。録画された時間は30分余りである。目撃した時のことをク・グァンホ記者は次のように振り返る。
「痩せこけた兵士の姿は朝鮮で珍しくもなんともないけれど、集団で見るのは初めて。周囲の住民たちも驚いていた。私には20代前半のように見えたが、引率の将校は『若いのもいれば年がいったのもいる』と答えた。正直、ぞっとした」。
ファインダーで確認して撮影したわけではないため、映像画面が激しく揺れたり、目標の兵士たちの姿をうまく捉えられていない時間が多い。だが現場の音声は比較的明瞭に記録されていた。ク・グァンホ記者は部隊名や行き先について引率している将校に尋ねるが、言葉を濁して答えない。地元の住民が聞き出したところによると、兵士たちは「工兵局の部隊」で、酷い栄養失調になったので、治療のために部隊から移送する途中だということであった。「工兵局」は国家の重要インフラや施設の建設に投入される部隊だ。
「警務兵(憲兵、軍人を監督する将兵)に見つからないよう隠れていろ」と、将校が兵士たちに注意を促している声も記録されていた。がりがりに痩せ細った兵士たちの姿を、一般住民の目に触れさせないよう、上部から命令されているためだと思われる。
「彼らは、あのままでは長く持たないでしょう。若い兵士の中には栄養失調で死ぬ者が少なくないんです」
と、撮影したク・グァンホ記者は言う。
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