元教員と秘密警察要員による異色対談の第四弾。今年2月に核実験を強行した後、金正恩政権は「戦争も辞さない」と日韓米を挑発。国民を戦争準備に駆 り立てる一方、連日ミサイル発射の素振りを繰り返し、官製メディアで「戦争勃発」の危機を煽った。だがこの行動は功を奏さず、逆に孤立を深めることにな り、5月以降は国際社会との対話模索に動くに至った。なぜ金正恩政権は戦争挑発という無謀を実行したのか。この大失策を脱北知識人が総括する。
○人物紹介
ハン・サンホ(仮名)30代半ばの男性。平壌出身で教育界で長く仕事をしてきた。日本在住の脱北者
チャン・チョルミン(仮名)咸鏡北道生まれ。軍服務の後2010年の脱北時まで国家安全保衛部(情報機関)で勤務した。韓国在住
司会 石丸次郎「北朝鮮内部からの通信・リムジンガン」編集長
石丸:北朝鮮は昨年12月の長距離「ロケット」の発射実験に続き、今年2月には核実験を行いました。北朝鮮指導部は、 こうした一連の動きに対する国際社会の非難にも関わらず、「核戦争も辞さない」という強硬な態度を崩さず、今年の上半期には、朝鮮半島に最高度の緊張状態 を醸成しましたが、結局、金正恩政権の願う通りに情勢は動かず、逆に友邦の中国を遠ざけることになり、対話模索に方針転換しました。その理由をどう見ます か?
ハン:私は金正日が権力継承過程で引き起こした「ポプラ事件(編注1)」を思い出しました。新たな指導者の胆力 を国内と世界に示すための、一種の政治的なショーだと見ています。そうすることで、軍の士気も上がりますから。しかし、強硬な姿勢を続けたにも関わらず、 結果として、自ら「尻尾を下ろす」(振り上げた拳を下ろす)ことになったので、国際的に赤っ恥をかきましたね。
石丸:今回、朝鮮半島に緊張感を高めた目的についてですが、統制強化と体制引締め、そして金正恩氏の権威高揚と いう内部要因と、核保有国として認定要求、米国との直接交渉のカード、発足間もない韓国の朴槿恵(パク・グネ)政権を揺さぶって南北関係の主導権を取ると いった対外要因は、どちらが強かったと思いますか?
ハン:国内的には金正恩の指導力を誇示し、体制を強固にしようという意志が見えますね。今回の事態を通じて、幹部たちの忠誠心などを把握し、口実をつけて大々的な粛清を行おうとするものと見ています。
チャン:時代は変わりました。金正日の時とは違い、強気に出ても、結局何の結果も得られなかった。過去、プエブロ号事件(編注2)の時のように、(米国から)謝罪文書を貰ったわけでもなく、目に見える成果が何もなかった。
国内的にも、戦争準備の指示を乱発したために、国民の間に戦争恐怖症とも呼べる事態を引き起こしてしまった。これを沈静化させようと、4月に入って 「戦争はない」という講演まで行う始末でしたから。結果的として、経済的な損失に加え、民心まで失うことになった、意味がない政策だったと評価できるで しょう。
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