◇若い金正恩氏の古臭いやり方
元教員と秘密警察要員による異色対談の第二弾。平壌再開発事業やスキー場建設は「金正恩氏の実積作り」が目的だが、そのやり方は1950年代後半の 「千里馬運動」に由来する古臭いやり方。立派なスローガンの陰で、金と物資を供出させられ、建設に動員される民衆は大変な苦労をさせられてきたという。
○人物紹介
ハン・サンホ(仮名)30代半ばの男性。平壌出身で教育界で長く仕事をしてきた。日本在住の脱北者
チャン・チョルミン(仮名)咸鏡北道生まれ。軍服務の後2010年の脱北時まで国家安全保衛部(情報機関)で勤務した。韓国在住
司会 石丸次郎「北朝鮮内部からの通信・リムジンガン」編集長
石丸:金正恩氏は10万世帯アパート建設など、親である金総書記から受け継いだ平壌再開発プロジェクトを続けて きました。北朝鮮の経済は崩壊しているといっても過言ではないし、黄海道など地方の農村では農民たちのひどい窮状が伝えられているのに、平壌の開発にこだ わる理由は何だと思いますか。
ハン:平壌には少なくない人の流入があるので、アパート建設をたくさん行うこと自体は悪いことではありません。 しかし、どのように建設するのか、その過程が重要だと思います。朝鮮では国営企業の多くが正常に稼動していないので、建設に必要な資金や資材を住民たちに 供出させるんです。
朝鮮は「税金のない国」と喧伝していますが、私が脱北した当時でさえも、供出する物資があまりにも多いため、住民たちの間では「むしろ(決まった額の)税金を取られた方がいい」という意見が多かったものです。
今回の平壌開発プロジェクトは、実際は金正日が始めたものですし、張成沢が責任者と言われています。ですが、朝鮮で建設プロジェクトとは、指導者が自分の「時代」を特徴付けるのに大きな役割を果たすということを知るべきでしょう。
チャン:私も建設が「指導者の業績作り」であるという点に同感です。例えば金日成は「主体思想塔」や「凱旋門」 を建設し、自分の業績として宣伝してきました。今の朝鮮でも、実際、資金も資材もまったく不足していますが、金正恩が「やれ」と言えば、無条件に実行しな ければならない「執行体系」と呼べるものが構築されています。
工場に電気がなく、原材料が足りないといっても、金正恩のひと言で全ての人が動員され物資がかき集められて実行に移されるんです。このため、いったん「対象建設(編注1)」が実行されるとなると、社会のあちこたちに被害が出ることになります。
ハン:金正日は特にたくさんの建設を行いました。それらは今、金正日時代の栄光を示す大規模な建築物として宣伝 されています。金正日存命時から人々は「金日成が大変な思いをして集めた資金を、金正日が大建設事業で全部使ってしまった。金正日は自分の名前を売ること だけを考えている」と噂していましたよ。
チャン:朝鮮では実情に合わない建設事業が本当に多いんです。金日成の世紀の建設と呼ばれている「西海閘門(編 注2」)も大して役には立っていないばかりか、今でも莫大な維持費がかかっています。(金一家が)自分たちの業績として宣伝するだけで、結局、人民生活に もっとも必要な生活水の供給などは後回しにされてしまいます。
ハン:そうですね。全ての建設物が、有用かどうかを検討して計画されるのではなく、政治思想的な意味づけの下に建てられます。他の国ではこんなことはしないでしょう。
◇馬息嶺スキー場建設で、民衆は苦役強いられる
石丸:北朝鮮では最近、東部・江原道の馬息嶺にスキー場を建設していますが、その中で「馬息嶺速度」というス ローガンが登場しました。これは以前の「千里馬運動(編注3)」、「羅南の烽火(編注4)」「煕川速度(編注5)」などと同じで、速度戦と呼ばれる突貫工 事を貫徹し、他の見本となれ、ということですよね。
しかし、アジアプレスが発表した平壌のアパート建設工事現場映像(編注6)を見ても分かる通り、多くの建設事業では、政治的な目的から無理な計画を 立て工事をするため、工事自体がずさんにならざるを得なかった。こうした教訓があるにも関わらず、今になって再び「速度戦」が登場する理由は何でしょう か。
チャン:「速度戦」というのは、発展した他の国々に追いつこうとするならば、他人が1歩歩くあいだに、10歩歩けというものです。しかし、私も金正恩がスキー場の工事をなぜ、「速度戦」と呼ぶのかがよく理解できませんね。
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