金正恩はおそらく「馬息嶺速度」を、自分の時代の独自の「速度戦」と位置付けたいのでしょう。しかし、現場から聞こえてくる声はひどいものです。 「スキー場にそんな名前(速度戦)をつけるのはおかしい」「配置されている軍人が盗賊となって、(周辺民家を襲い)その被害がひどい」『馬息嶺速度』は軍 人による盗みの速さのことではないか」と、人々は非難しているそうです。
もともと平壌から元山につながるあの地域は、強盗が多いことで有名な場所です。そこにひもじい軍人まで加わったので住民は大変でしょう。
ハン:朝鮮では節目節目にスローガンを作る傾向があります。しかしそのほとんどは、実際には、現場の責任で物事を解決しろという代物です。下々の人民に指導部の責任を転嫁するものです。
しかし、そもそも人民は自分の生活に追われて忙しいので、上から下りてくる新しいスローガンに関心なんてありません。金正日の時代に盛んにうたわれ た「羅南の烽火」(2001年)、これは清津市内羅南区域の「5月10日工場」を金正日が視察した際に、その「自力でやってる仕事ぶり」に満足して付けた 名前だと言われています。その中身は、従来、国内で作れなかった螺旋型の砲身を作れるようになったということなのですが、典型的な「自力更生」の例です ね。
南浦(ナムポ)-平壌を結ぶ高速道路も同様です。資材も機材も無い中、すべてを人力で建設したというのです。当時、朝鮮では動員された若者に向かっ て「将軍様を想って走ろう」という、てんでお話にならないスローガンを掲げて、苦役を民衆に強要したんです。今回の馬息嶺速度も同様です。金も資材も何に もないところから何かを創造しろ、ということなのでしょう。(つづく)
編注1:「対象建設」とは、発電所や道路など、国家的に最重要に位置づけられる建設プロジェクトのこと。
編注2:1986年に完成したダムを伴う閘門。平壌を流れる大同江の水位を調節し、周囲の農耕地を増やす目的で建設された。
編注3:千里馬とは、一日に千里を走るとされる伝説上の名馬。千里馬運動は1958年に始まった社会建設運動で、千里馬のように速く経済建設をしよ うというスローガンで人々を駆り立てた。計画経済の目標を繰り上げて達成するとされたが、検証なき数字合わせ、経済合理性無視の無駄だらけのやり方、動員 された人民の疲弊など、問題が多かったことが亡命者証言から明らかになっている。
編注4:2002年1月の朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」に、「羅南の烽火」について次のような記事が掲載されている。
「朝鮮労働党が与えた課題を、どんなことがあっても無条件貫徹する精神のことだ。咸鏡北道にある羅南炭鉱機械連合企業所の労働者らは、設備や電力などが不足する悪条件の中でも短期間で採掘機械設備を製作するなどの成果を上げた」
資金も資材もろくには保障しないでおいて、現場に財政的負担を求める「自力更生」スローガンの典型的モデルになった。
編注5:「煕川速度」とは、2009年になって登場したスローガン。慈江道の煕川発電所建設を金正日が督励したことから名付けられた。突貫工事でも発電所建設がどんどん進められた。要するに「煕川発電所建設のようにスピードアップせよ」というカンパニアである。