( ※ 当連載は、「私、北朝鮮から来ました ~日本に生きる脱北女子大生~ リ・ハナ」 を再構成してアップしております。)
「私、北朝鮮から来ました」記事一覧
第10回 父の死(3)
◆ 父との別れ
父は、とても亡くなった人とは思えない穏やかな表情で、目を閉じていました。前夜にモルヒネを打って、そのまま起きることがなかった父は、眠るようにして亡くなっていました。ただ寝ているようにも見える父の顔に近づき、私は、生まれて初めて父の顔に触りました。
父の大きな鷲鼻の先に触れると、つめたく、つめたく冷えていました。手を握ると、やはりつめたく冷えていました。
「お父さん、お父さん、起きて私を見てください。ここにいます。一度でいいから私を見てください。お父さん!」
私は、叫び、泣きわめきました。生まれて初めて父の前で、声を大にして叫びました。誰も止める人も、怒る人もいませんでした。意識が朦朧としてくる中で、声を殺して嗚咽する大人たち、そして、練習に出かけていて、遅れてかけつける弟の姿が見えました。
悲しいことに、人間の涙というものには限界があり、悲しむにも体力が必要でした。そして大人たちは冷静でした。ただ呆然とたたずむ私を横に、大人たちは忙しく動きまわり始めました。遺体を違う部屋に移し、葬式の準備が始まりました。
祖父母は一旦戻り、伯父や男性たちは洋服を着替え、女性たちは酒や料理を作るなどして、弔問客を迎える準備を始めました。
父の勤め先の病院からは、たくさんの方々が来てくれました。父の所属していた科の方だけでなく、病院のおえらいさんや、他の科の人たちも大勢来てくれたのです。他にもいろいろなところからたくさんの弔問客が来て、正直な話、静かに現実を受け止める余裕もありませんでした。
父に化粧が施され、父が着る服も作られました。遺族でない女性たちが、白色の絹で父の服を作るのです。本当はいけないことだそうですが、私も参加させてもらいました。父の足が凍えることがないようにと祈りながら、私も、父が履く足袋を縫いました。
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